なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

仏法も、世法も曲げる親鸞会

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先輩からいつも「親鸞会は、親鸞聖人の御教えを正しく伝えている。また、法律に触れるようなことはしていない。だから新興宗教とは違うのだ」と言われてきました。

しかし、この度の親鸞会の公開法論がネット上に公開されていることを知り、読んでみました。これを読んで非常に疑問に思うところがあり、「なぜやめたのか」に投稿させて頂こうと思います。(法論…仏教の議論のこと)

親鸞会・公開法論1
親鸞会・公開法論2
親鸞会・公開法論3

公開法論1は、F田講師が「善知識に会っていない者は異安心である」と、U田氏に法論を申し込んで始まったようです。F田講師は「弥陀の呼び声を聞くための絶対必要条件が、人間の言葉を“聴く”ことだ」という主張をされた結果、S尾氏にその点を追求され、答えられなくなってしまったようです。これはT森布教局長にも質問状が送られましたが、1ヶ月たっても返答をなさっていないようです。

公開法論2は現在進行中です。F田講師が、「救われたら『本当に救われたのだろうか』という思いは絶対に出てこない」と主張されて始まったようです。しかし、それに対するS尾氏の質問には答えずに、数十もの質問をS尾氏に対して行われました。これでは逃げておられるように見えます。F田講師は自らの間違いを認めておられるような気がするのですが、いかがでしょうか?

また、親鸞会では御本尊を退会時に返却しなければなりませんが、これが「浄土真宗の教えに反する」と指摘されました。これには反論できなかったようです。

公開法論3は、T森布教局長が他人に「誓約書」を書かせるのは、親鸞聖人の教えに反する、とS尾氏から申し込んだものです。根拠を挙げて間違いを指摘されたT森布教局長は、これもまったく答えることができないようです。親鸞会のトップの方が、教えに反すると指摘され、何の反論もせず、放置していてよろしいのでしょうか?

親鸞会では、この公開法論を読まないように指導しているようです。親鸞会が勝った法論は本まで作って読ませているのに、負けたものは隠すというのでは、何と言うか、戦時中の大本営発表と変わらないような気がします。

また、公開法論2においては、親鸞会が組織ぐるみで違法行為をしていることが指摘されています。しかも、F田講師が「訴えたければ勝手にどうぞ。」と開き直っておられるようで、読んでみてなんと言うか…唖然としました。また、公開法論3では、T森布教局長が、預かったお金を返す条件に「無関係な内容の誓約書を要求する」という行為をなされ、これが「違法行為ではないか」と指摘されています。

さらに、真偽は定かではありませんが、講師部員が、会員を狭い部屋に7時間も軟禁して暴力を振るったとか、会員の家に押しかけて夜中の3時半まで居座って帰らなかったとか、会員のプライベートな情報を漏洩したとか、会員を婚約者と別れさせるために、事実無根のスキャンダルをデッチ上げたなど、信じられない言動が多数指摘されています。

このように、親鸞会ではトップの方を始めとして、法律を遵守しようという精神があるのか非常に疑問に思いました。親鸞聖人の教えも法律も守らない団体が、親鸞聖人のお名前を看板としていることに、強い違和感を覚えてしまいました。

これ以上、聖人のお名前を汚すことはやめて頂きたいです。

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