なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

何も知らない学生を騙して、人数を水増しするようなせこい真似は止めて頂きたい

HOME

私はある大学の大学院の者です。私は浄土真宗親鸞会と関係をもちました。そして1,2ヶ月彼らと行動を共にしましたが、結局、私は彼らの考えについていけなくなり、サークルをやめました。 少し長くなりますが、私と親鸞会とのいきさつを述べさせていただきます。

今年の1月私が通学路を歩いていた時、私と同じ大学に通っていると思われる2人の学生が私に声をかけてきました。彼らは私に「僕たちはなぜ生きるをテーマにしてサークル活動をしているんだ。」と言ってきました。私は哲学が好きです。また就職活動における自己分析のために人生について同世代の人間と語り合うのは大いに結構と思い、私は彼らの話に付き合いました。話が盛り上がったところで、私は大学の食堂に連れていかれました。

そこには親鸞会の会員(当時はサークルのメンバーだと思っていた。)が数人いました。彼らの中にあきらかに私たちよりも年上の人物がいました。彼(以下便宜的にAさんとします)は自分の身分をあかそうとはしませんでしたが、私は直感で明らかに彼は大学関係者ではないことを悟りました。その彼が私に後日話があると言いました。

翌日、私は昨日と同じ食堂で彼と話をしました。彼はおもむろに親鸞聖人について語り始めました。昨日までは豊臣秀吉がどのこうの、川端康成がどうのこうのと歴史上の偉人について話が中心だったのに、今回は打って変わって、浄土真宗の話に偏っていました。私はその時このサークルは仏教について考察するサークルなのだなと素直に思いましたが、嫌悪感は抱きませんでした。私は仏教が嫌いではありませんし、当時親鸞会の存在など微塵も知らなかったのですから。

最後に、彼はいついつに講演会があるんだけど、来ないかと誘ってきました。講演の場所も大学の近くでしたので私は迷わず、はいと答えました。その後、私は昼休みにちょくちょくと彼らの会合に参加しました。彼らは非常にあいそよく私に接してくれて、私は決して悪い気持ちはしませんでした。

そして講演会の日がやってきました。私が会場に入って驚いたのが、人数の多さでした。なんと私の大学だけではなく、他大学の学生もたくさんそこにいました。そして、もう一つ驚いたことに、中年の講師が現れると、みんなが即座に正座をし、真剣に(私には熱狂的にすら見えました)彼の話に耳を傾けたのです。このシーンには、さすがの私もその異様さにものおじしました。

彼の話が終わると、会員の一人が今月のいついつに富山の高森顕徹先生の講演を聴きに行くことになりましたと発表しました。私は彼の名前を知ってました。なぜならば、彼の著書「なぜ生きる」を何度か読まされたからです。もちろん、私はその時彼が親鸞会の会長であることは知る由もありませんでしたが。私は会員に富山に行くように誘われました。私はすぐさま断りました。わざわざ富山まで行って聴くような価値のある講演とは思わなかったし、経費もやたら高かったからです。会員はすぐに私の意志を尊重してくれました。

講演が終わった後、鈍感な私もさすがにこのサークルはただのサークルではないことを薄々感じ取りました。家に帰って、すぐさまインターネットで親鸞、高森顕徹で検索をかけてみました。すると、親鸞会の名前が出てきました。ついでにこのサイトも発見しました。そして私の頭の中に、親鸞会=オウム真理教のような極端なカルトではないがそれに近い何かは確実に含んでいる組織とインプットされました。しかし、あくまで鈍感な私はあのサークル=親鸞会とまでは結びつけることができませんでした。

ある日、私はふと会員の一人に「このサークルは親鸞会と関係がありますか?」と質問しました。彼は「関係あるちゃあるけど、直接は関係ないね。」と言い、私をはぐらかしました。今日、私はこのサークルが親鸞会であることをはっきりと悟ったわけですが、この時彼が嘘を言った理由が未だに分かりません。

講演後、私は昼休み以外の時間帯にしばしば呼び出されるようになりました。研究や就職活動で忙しい中、私は正直うっとしいという気持ちが増大してきました。しかし、お人よしの私は断りきれず、いつも会合に参加しました。

そしてある日、Aさんが合宿に参加しないかと言ってきたのです。私は以前の講演の時と同様に断りました。しかし、彼はやたら執拗に私を合宿に誘おうとしてきたのです。この執拗さは例えて言うならば、たちの悪い押し売りのそれそのものでした。私はなんとか彼の勧誘を断りました。私はこの出来事でこのサークルにかなり嫌気をさしてきましたが、それでも土日や就職活動のない日は会合に参加し、部室にも何度か立ち寄りました。

そして私が確実に彼らと決別したいと思う瞬間がやってくるのでした。その日は、私はいつものように彼らの部室に立ち寄りました。Aさんが私を迎えてくれて、あるビデオを私に見せてくれたのです。それは富山での高森顕徹さんの講演でした。私がビデオを見終わった後、彼は「今度こそ富山に行ってくれるよな。」と私に言ってきました。その時の彼の態度は普段の愛想の良さが微塵も感じられず、むしろ脅迫めいた物言いでした。他のメンバーもよそよそしい感じでした。私はこの雰囲気がとても恐ろしく感じましたが、また丁重にお断りしました。

彼は全然私の言い分に納得せず、絶対に行かせるようなことを何度も口にしました。私は適当な理由をつけて、その場を退出しましたが、次に彼に会えば、間違いなく富山に連れていかれそうです。その晩、私は再びインターネットで、今度はより詳細に親鸞会について調べてみました。すると、私が部室と思っていたその場所は、親鸞会学友部の部室だったのです。遅すぎますが、私はあのサークルが親鸞会であることを確信しました。

メンバーは本当に良い人たちばかりです。だからこそ、私は2ヶ月という短い間でしたが彼らといて充実感を味わうことができました。しかし、人の都合も考えず、度々会合に呼び出すことや富山に行けとしつこく迫ってくる様にはとてもついていけません。だから、私は結局、サークルをやめました。

最初に断っておきますが、私は、親鸞会は消滅するべきだとか彼らの行動の全てが間違っているとは微塵も思っていません。日本国憲法では、集会・結社の自由及び信教の自由が認められています。無差別テロや拉致監禁等の反社会的な行動にさえ出なければ、彼らは大いに自分たちの考えや行動原理を主張してもかまわないと私は思っています。

しかしながら、なぜ生きるについて考察しているサークルだと、いかにも宗教団体とは無縁な文化系サークルを装って、何も知らない相手を勧誘したり、いつまでたっても自分たちは親鸞会の一員だと名乗らなかったりするのは、いくらなんでも卑怯だと思います。

これは彼らだけでなく、日本の社会そのものが悪いのかもしれません。日本では宗教団体は嫌われる傾向があります。宗教団体だけでなく、特異的な思想をもつ集団も嫌われます(もちろん、テロリストや過激派など国家の治安を極端に乱す集団は許されるべきではありませんが)。

日本人はしばしば外国人に思想がないと批判されます。私はその通りだと思います。日本では明朗快活、高いコミュニケーション能力、グローバルなものの見方ができる等がどの集団の一員になるとしても重要視されます。まず、明朗快活、
高いコミュニケーション能力についてですが、これらは対人関係をうまくこなすための手段であり、思想とは言えないでしょう。

グローバルなものの見方についてですが、これは一種の思想と言えるかもしれません。ところで、グローバルなものの見方とは一体何でしょうか?

人それぞれ意見があるでしょうが、例えば、アメリカのように海外に事業を積極的に展開し、市場を広げようとする思想のことを言うのならば、それはアメリカの受け売りであって、日本の思想とは言えないでしょう。

私が言いたいのは、日本は猿真似しかしないとかそういうことではありません。一般大衆が、グローバル化をなんとなく良いものと思い込んでいることを憂いているのです。

まずは、グローバル化の是非を問うべきでしょう。グローバル化に反対の人間あるいは集団がいても良いはずです。グローバル化を最も積極的に推進しているあのアメリカでさえも孤立主義という思想があるのですから。

日本人の大半はこの議論をすっとばします。その次に、もしグローバル化に賛成ならば何をもってグローバル化というのかについて討論するべきでしょう。アメリカのようにやれば良いのだというのであれば、先ほど言ったように猿真似でしかないでしょう。

まあ、大半の人間は、議論うんぬんの以前の問題で、マスコミやエコノミストによる積極的な宣伝によりグローバル化をなんとなく良いものと思い込まされているのが関の山でしょう。この日本人のあいまいさはグローバル化についてだけでなく、至る所で見受けられます。これは小泉内閣による構造改革に対する日本人の考えにも言えることでしょう。身近なところで言えば、とりわけ、最近の若者に多い、みんながやるから俺もやるという態度は思想のない日本人の典型的な行動パターンだといえます。

さて、話を親鸞会に戻します。親鸞会のやり口についてですが、さっきのグローバル化を例えに用いるならば、親鸞会幹部はマスコミやエコノミスト、私をはじめとする何も知らない学生たちは一般大衆ということができるでしょう。親鸞会幹部は親鸞聖人の教えはええもんやで、ええもんやでとひたすら唱え続けます。そこには、議論の余地がありません。

何も知らない学生、とりわけ宗教に対して今まで無関心だった学生の幾人かはなんとなく彼らの教えがいいものだと信じ込むようになるでしょう。私はサークルのメンバーである学部生の1,2年生の何人かと何度か話をする機会がありました。彼らは親鸞会の教えを何となく自信無さげに私に教えてきました。彼らが自信無さそうにみえたのは、もちろん私が年上なので気兼ねしていたということもあるのでしょうが、まだ親鸞会の教えを何となく良いものだと思いこんでいる漠然とした段階だったでしょう。

しかし、3年生以上の人間の大半は態度が違いました。親鸞会の教えを完全に良いものだとみなす人間が少なからず存在しました。何となく良いという考えは、その一線を越えると完全に良いという考えに徐々に変遷していきます。第2次世界大戦時、日本人は大きな過ちを犯しました。日清、日露戦争の勝利で浮き足だった日本人は、外国との戦争は何となく良いものだと思い始めるようになったのでしょう。その考えが徐々に変遷していき、狂信的な軍国主義を生み出す背景となったのだと思われます。

戦後60年たった今でも日本人の意識はあまり変わっていないのかもしれません。マッカーサー元帥は当時日本人の精神年齢は12歳だと明言しました。同じ日本人としてくやしいですが、今でもやはり日本人の精神年齢はあまり変わっていないのかもしれません。

最後に、今後の親鸞会の有り方について私なりに考えたことを述べたいと思います。

親鸞会は今後文化系サークルを偽って、何も知らない学生を騙して勧誘して、学友部の人数を水増しするようなせこい真似は止めていただきたいと思っています。私も騙された人間のうちの一人です。私は宗教に関して偏見をもっていませんし、むしろ大いに興味をもっています。だから、あのサークルは世界の色々な宗教についてああだこうだと議論を交わせる場だとばかり思っていました。

しかし、実情は親鸞聖人一辺倒、例えるならば、金太郎飴のように同じ考えしかもたない集団でした。そこでは、議論の余地がありませんし(なぜならば、彼らの理想はすでに完成されたものだからです。) 、親鸞聖人の悪口でも言おうものなら、全員からバッシングをくらったでしょう。私が言いたいのは、彼らに色々な考えをもってもらいたいということではありません。人生あるいは宗教について色々と論じることができるようなサークルであるように偽って、学生を勧誘しようとする態度が許せないのです。

私の大学の学生課では、サークルを装った親鸞会の勧誘が問題となっていると最近聞きました。彼らは姑息な手段を使わず、初めに親鸞会を名乗り、自分たちはこうこうこういう考えをもっており、このように行動しているとどうどうと宣言してほしい。そしてその考えに同調した人は正式な親鸞会のメンバーになればいいし、同調できなかった人は親鸞会をやめればよいと思います。私が親鸞会と縁を切った理由は一文化系サークルと自分たちを偽って活動している卑屈さに嫌気がさしたのと、彼らの一直線な考えに理解を示すことができなかったからだと自分を納得させています。

長くなりましたが、最後まで読んで頂き、有難うございました。

なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集 トップに戻る

なぜ私は親鸞会をやめたのか|ホーム