なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

もう一度、限られた情報のなかで思考停止ばかりして自分と向き合うことから逃げてばかりおらず、棚上げしていた問題に対して、真正面からむき合ってみませんか?

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私が親鸞会に入ったきっかけ

大変興味深く拝読いたしました。ずいぶん前のことですが、わたしもかつては親鸞会で活動していたものです。思えば青春時代といわれる20代前半のすべてを親鸞会にどっぷりとつかって過ごしてきました。当時は会員のまだいない大学に乗り込んでは、その大学に新しく真実の風を吹かそう、と勧誘に燃えていましたし、当時の芦原の研修センター(現・顕真学院)で行われた合宿も思えば懐かしい思い出になっています。

まだ当時は高森先生も若くて、聴聞は月に10日以上はあったと思います。平日には普段の土日にはなかなかきけないようなお話もよくありました。そのため、勧誘の合間には食費も切り詰めてアルバイトしては旅費を捻出し、結果として学業が疎かになったために留年してしまいました。もちろんきちんと単位を取っていた学生会員も多かったので留年は自分の蒔いた種の結果だったといえます。しかし、人生の目的の達成のためなら、少々の犠牲は当然である、と当時は思い込んでいたのです。

私は大学生活において、親鸞会に出会う前は大学生活に対してむなしさを感じていました。いくつかのサークルに入っていたものの、どうも軽い感じがしてなじめませんでした。そして筋の通った、確固とした信念を欲しいとも思っていました。そこへ登場したのが親鸞会の学生会員の人々でした。彼らは非常にまじめで、信念からくる厳しさと優しさをあわせもっていて、人間的に尊敬できる先輩ばかりでした。当時の私は教えそのものよりも、先輩たちの人間性に惹かれていきました。

そして私もまた、彼らが深く尊敬し、崇める高森先生が無二の善知識であることを確信するようになっていきました。そして管理人さんが抱いておられたような「因果の道理は宇宙の真理か?」とか、「死後の世界の実在は本当なのか?」など、入会当初に持っていた多くの疑問はいつのまにか棚上げされ、きいていけばいつか知らされてくるのだろう、と思っていました。

激しい活動と深まる疑問

当時は親鸞会の教義を真実と信じ込み、自分も他人もみな死んだら無間地獄に落ちてしまうのを唯一救うことができるのが親鸞会である、後生の一大事を知らずに眠りこけている哀れな人々をたたき起こさなければならない、と思い込み、使命感に燃えていました。

しかし、私は外面的には活動をいくら頑張っていても、内心では無常観も罪悪感もさっぱり感じられない自分の姿もよく見えていました。「五欲」などの煩悩を感じたそばから、正当化して合理化しまおうとする情けない自分に気がついていたのです。例を挙げますと、「殺生が罪というのならば、抗生物質を飲んでバクテリアを殺傷するのだって罪になるのではないか?」「人間はウソをついていないと思っていても毎日毎日自分に対してウソをついているのではないか?」などの屁理屈を考えては、「結局は生きていく上で必要なもろもろのことを『悪』と決め付けても、いつまでたっても罪悪観は深まってこないのではないのか?」などと合理化しようとするのです。

当時の私は「全か無」的な極端な発想をしていました。一方では「人間は所詮善というものなどはできない」と教えられ、同時に、「善が、身をもってできないと知らされるまで一生懸命求めよ」と教えられます。最大の善は聴聞、ついでお勤め、法施である破邪顕正と教えられています。聴聞のためにバイト三昧し、勧誘・育成活動のために睡眠時間も削って頑張りぬきました。

この調子で毎日頑張っていたら結局は宿善が開発する前に過労で死んでしまうのではないか?しかしそのくらい励まなくては自分の罪悪は見えてこないはずだ、と信じ、毎日毎日最高の善といわれる破邪顕正という名の勧誘・育成に励んでいました。教学も頑張り、学階講師になり、(退会で叶いませんでしたが)本気で大講師試験の合格を目指していました。

当時、「善が身をもってできないと知らされる」ということは、は文字通り死ぬ気でがんばらなければ知らされるはずもなく、そこまで頑張らなければ人生の目的など達成できるはずがない、と考えていました。キリスト教会に乗り込み、原理研の人を捕まえては議論を吹っかけ、本願時に乗り込んでは破邪顕正し、僧侶に警察を呼ばれたこともありました。他の会員が誰もいない他学の学内でランダムに勧誘しては、話しこむ日々も続きました。

そんな高いテンションをずっと維持できるはずもありません。しかし、自分でも納得できない中途半端な状況で日々がどんどん過ぎていくのは耐えがたいことでした。「今日はなんとか全力で頑張れたのではないか?この調子ならば横の線を進んだのではないのか?」と思って少し喜べば翌日は反動で体力的にバテてしまい、疲れ果ててはリズムを崩してしまうといった感じで、やがて大学の講義でもアルバイトの家庭教師先においても、睡魔と格闘の連続が続くようになってきました。

そんな生活を繰り返しているうちに、やがて私は(いまから振り返りますと)ノイローゼあるいは「燃え尽き状態」になってしまったと思われます。授業にも出ず、活動もせずに自分の部屋でお聖教を読んではぼうっと考え事をしている日々が何週間も続きました。心配した先輩が精神科の受診を勧めましたが当時の私はそれを拒否しました。

そのあいだ、自分は親鸞会にこのままいても、いつまでたっても信心決定などはできないのではないか、などと考え続けていました。親鸞会では専任講師になって善知識に親近し、スーパーマンのような活躍をしてすら、信心決定したといって喜んでいる人をきかないというのに、ましてや縁の薄い自分ができるはずがない、と思うようになっていきました。

そして、退会へ

また、私は会の一般構成員一人ひとりは好きでしたが、一種の目標達成のノルマを背負い、密告を奨励し、退会者を呼び捨てにするなど、慈悲のあまり感じられない親鸞会組織に対しては最初から最後までどうにもなじめませんでした。

具体的には、もっとも高森先生に親近しているといわれる上級専任講師といわれた人々に対してそれほど「人徳」を感じませんでしたし、御同朋、御同行と同行の間に差別をつくることを嫌い、実質的な弟子たちから師匠と呼ばれる事を廃した親鸞聖人のみ教えなのに、どうして軍隊を摸した上下関係の厳しい組織が必要なのだろうか?とも思いました。

配慮と称して自分の身分や信心を偽ったり、新入生に対して親にウソをつくように勧めたりすることは、世間の倫理にももとる行為ではないのか?という思いもありました。

こういう気持ちが起こってくるのは、善知識に無条件服従する気がないからだ、信仰が進んでいないからだ、と会員さんはおっしゃるのかもしれません。しかし、0点か100点かの教えなのに自力の信仰が進んでいるのかどうかはどうやって見分けるというのでしょうか? また、弁論大会や顕正新聞の記事を読むにつけて、親鸞会では、高森先生にたいする服従心や勧誘実績をもって信仰の進み具合の目安にしているようにも感じられました。

学生部(学友部)において専任講師で上に立ち指導的立場に立つ方々はほとんどが多数の勧誘実績を挙げたかたがたでした。わたしのなかでは、どうにも親鸞会の組織のありかたは、親鸞聖人の理想とは違っているのではないか?という気持ちは日増しに強くなっていきましたが当時はそれを上手に頭の中でまとめることが出来ませんでした。そして、顕正戦の前に、全国の学生たちが大集合し、鉢巻を締めて顕正戦における勝利を熱く誓い合う姿を、まったく醒めた目で見る自分を感じていました。

同時に、いつまでたっても仏教の出発点にも立っていない自分がどうして信心決定などできるのだろうか? 単に絶対の幸福という世界にあこがれているだけなのではないのか? いくら活動しても聴聞しても、全然自分の深い罪悪は見えてこない。これは自分が無宿善であるからに違いないのではないか?

果ては、当時の私は「無間地獄に落ちるのが自分だとして、死んで脳と感覚器官を失ってしまって、何が苦悩を感じるというのだ?その主体は現在の『自分』ではないかもしれないではないか? 現に現在の自分は過去の自分を覚えていないではないか。しかもそれらを証明することは誰もできないのだ。そして、無間地獄といっても所詮は有限でないのか。」という屁理屈でもって、自分を納得させ、やがて親鸞会から完全に離れてしまいました。

親鸞会をやめてから

私は、しばらくの間、自分が人生の落伍者、あるいは人間失格者のように思えて勉学にも戻れず、無気力な状態が1年ほど続きました。しかし、やがて親や同級生の助けなどもあり、なんとか無事に大学を卒業することができました。そして卒業後についた仕事においては、予想もしないほど上司にも恵まれ、トントン拍子で仕事 がうまくいくようになり、まさに順風満帆といえる生活が長く続きました。

やがて、さらに十年近くたち、いろいろな縁があって再び「死」について考えるようになってきました。止めていたお勤めを再開するようになり、念仏を称えるようになって再び親鸞会の聴聞をしたいという気持ちが芽生えてきた頃、偶然インターネットによって「浄土真宗親鸞会を考える ジャンヌ」や「ハトの会(閉鎖)」、あるいは「家族の絆(現・親鸞会被害家族の会)」、「十派一絡」という親鸞会について考えるサイトがあることを知りました。

そのなかで、驚いた事に、退会者のなかでも親鸞会教義を仏教学という広い視座から非常に緻密かつ客観的に分析しており、冷静に議論される方々がいらっしゃいました。彼らの立場は各々異なっておりましたが、そのなかの議論は常に会員よりも退会者の主張のほうに分があるように思えましたし、親鸞会の主張は失礼ながら同じ事を繰り返すテープレコーダーのように感じられました。

また、ダミーサークル問題など、親鸞会の組織上における問題点と親鸞会教義が密接な関連があることも知りました。ここに至り、私ははじめて親鸞会教義を冷静に眺め、相対視することができるようになったのでした。ネット上において種々の情報に関して、時間をかけて熱心に提供してくださった方々に対しては、この場をお借りして深く感謝いたしたいと思います。

今、わたしは、まさに管理人さんがおっしゃっておられるように、「これは、やめた者にしか分からないのかも知れませんが、不思議な安堵感と、開放感に満ち足りています。」

現会員さんたちが今後、親鸞会を、そして勧誘などの組織的活動を続けられるのも自由です。しかし、人生は一度しかありません。もう一度、限られた情報のなかで思考停止ばかりして自分と向き合うことから逃げてばかりおらず、棚上げしていた問題に対して、真正面からむき合ってみませんか?

そこには「不思議な安堵感と、開放感に満ち足りた」新しい発見があるかもしれません。

そして私自身も管理人さんと同様に、今では若い時分において親鸞会に出会い、自分の人生について、いろいろ考察を深めることが出来たことに対しては深く感謝しています。この貴重な経験は、現在活かされておりますし、今後の人生においても活かされていくと確信しております。

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