なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

私と親鸞会

HOME

私は8年間親鸞会に籍を置いていましたが、幹部ではありませんでした。その為か、外部の情報にも満遍なく触れることが出来、自分の意志を持って退会することが出来たのは幸運だったと思います。その中であったことをこれからお話ししたいと思います。

入会〜青年部にはいるまで

私は○○大学でフロントサークルで勧誘を受けてから、入会するまでに他の人よりは時間を多くとったと思います。一つの考えを押しつけられるのは耐えられないと思いましたが、断ると長時間説得されて、こっちが反論できにくくなってしまって、結局負けてしまったのと、先輩達が私の一生を真剣に考えてくれているという熱意に動かされたのと、いかにも莫大なお金をかける価値があると思わせられてしまったのが大きいと思います。今から考えれば、本当に愚かだったと思います。

それからは毎日部会があって、勉強と両立させるのには大変で、1年留年してしまいました(私の要領が悪かったのもあると思いますが)毎日毎日部会があるのは本当に忙しいと先輩に言ったら、「1日たりとも無駄に出来ない」という答えが返ってきました。

1、親鸞会にどういう気持ちで入ったか

私は最初大学で、親鸞会のフロントサークル(「古典を哲学する会」と名乗っており、もちろん親鸞会の前衛組織であることは隠されていました)に勧誘を受け、面白そうだと思って、そのまま続けてサークルの行事に参加していました。フレッシュセミナーといわれる黄金週間の合宿には、遅れて参加しました。先輩に当たる人が車で送って下さって、有難かったのを覚えています。

フレッシュセミナーで記憶に残っているのは、寸劇会でした。オウムの洗脳に打ち勝つ内容、「因果の道理」で姓名判断等の誤りをうち砕く内容、人生の目的を聞き求めるのに失敗した人が、後悔しないよう人生の目的を求める人を励ます内容、があったのを覚えています。(だいぶ後になって知ったのですが、この合宿では新入生同士が仲良くならないように工夫をして、参加者にはここであったことを親に言わないように指導するということが行われていたのです)

それから後も何回か部会に通っていました。内容に引かれたのは、「親の大恩十種」とか、「なぜ人生は生きなければならないのか」というものもありますが、特に「キリスト教と仏教の比較」に魅力を覚えました。

私はその頃、米国軍の沖縄での問題とか、小林よしのりの書いたものの中で取り上げれた、第二次世界大戦中の西欧列強の問題と、当時の日本の戦争体制との比較について、心の中で重く引っかかっていましたので、それが宗教的なものに起因すると教えられたときは非常に意義あるものだと感じました。

加えて、三世十方を貫く因果の道理と、死んでも続く幸福を手にする方法が仏教に教えられていると聞き、私はいい事を聞いたと思ったものです。

私はその親鸞会のフロントサークルと別のサークルを掛け持ちしていたのですが、別のサークルで先輩に冷たい言葉をかけられ、自分は受け入れられないんだと落ち込んで(今から考えると愚かな事でした)、もう一方の、親鸞会のフロントサークルを続けて行った方が良いに違いないと思って、誘われたときは講座に行っていました。

サマーセミナーを経て、その年の終わり近くに入会することになったのですが、そこまで至るには「人生は苦なり」という講座の内容に非常に衝撃を受け、また本当にそうだなと思っていたのと、「人生はむなしくこの世は苦しみばかり、だから求め抜いて悔いの無いものを求めよう」というところに感銘を受けており、先輩の親切さと熱意に折れたからだと思います。だから、一時親鸞会が背景にあるということを隠されて気分がもやもやしても、それを自分で振り払って入会したのです。

ただ、先輩に「このサークルは親鸞会の組織だったのか」と問うた際、「組織だったらなんだというのか」と返されたのには少し怯みました。その後にその目的を諄々と説かれはしましたが。

「人生の目的」に惹かれて入会したとはいえ、金銭的な負担、とられる時間は大変なものでした。自分は宗教との関わり方を全然判っていなかったので、「苦労すればするだけ人生の目的に近づく」といわれれば、お金や時間をつぎ込んで、先輩にほめられるようなやり方で「仏縁」を求めていきました。

下宿を空けることも多くなり、家との連絡も途絶えがちになるので、夏休みで帰省したときやたまたま両親とあったときなど、お金をどの位つぎ込んでいるのか、毎週遠い所の講演会ばかりに行くなんて異常だ(これについては、先輩が「親御さんは教えが判っていないから反対するんだ」と言われました。確かに、親鸞聖人の元には後生の一大事一つのために、田畑を売り払って、交通や治安の発達していない中を関東の同行が命懸けで聞きに行ったと歎異抄にありますし、蓮如上人が「世間の仕事を辞めてでも聞かなければならないのが仏法だ」と言われているので、私にはそれ以上反論のしようがなく、従わなければ自分は驕慢で不埒な者ということになり、もし聞きに行かなかったとしても自分の心を責めなければならない羽目に陥ることになります)、等等、責め立てられて居たたまれなくなったことも少なくありません。身内には、お金をお布施につぎ込んでいるのではないかといぶかられ、また家族全体で詰問されたこともありました。

それを先輩に話すと、「船が進めば進むほど波が高くなっていくように、仏法を求めようとするとき、(横の)道を進んで行けば行くほど、辛くなる」といわれ、数少ない理解者に励まされたような気持ちになり、かえって会へ対して従う心を強めることになりました。

そういうことが起こったのには、一つにはあまりにも俗物的な父親の姿に反発したから、というのもかなりあったと思います。「こんな程度の人間に説得されるぐらいなら、先輩達に従っていた方がずっとましだ」という思いが、親鸞会に居続ける一つの原因になっていたようです。「反対している親は教えが判らないので」入会したことは伏せておこう、と思うのにも何一つ抵抗を覚えませんでした。親に「最後、味方は親しかいない」といわれても、それがかえって白々しく響いていました。

そして、教義の一つである「雑行・雑修・自力の心」について講義されたとき、自分は他の一年生のように質問したりしないで、黙っていようと思いました。物事についてあまり深く考えることがなくなってしまい、人生の目的を解決するのに自分が色々と口を挟んでも無駄になるだけなのだろうと思いはじめていたからです。その話を聞いて「それって一体?」という思いが起こったのですが、私はその疑問にさっさと蓋をしていました。それよりも、明るいところ(人生の目的を知らされた喜び、因果の道理、世界でただ一つの真実等など)に目を向けよう、としていました。ただ、当時の学生部担当講師のトップクラスに当たる方が、その教義について書かれたプリントの内容がどれだけ学生に浸透しているかを確かめるために、学生に手を挙げさせて確認したのには閉口いたしました。

青年部では、学生部ほどには束縛はきつくはなかったのですが、それでもやはり組織に対して批判を持つ人は多かれ少なかれ指摘されて決して褒められることはなく、アニメビデオ販売・高森会長の講演会への勧誘人数の目標というものが存在していました。それは、高森会長が、会員に対して少しでも光に向かえるようにするために設けられたものだと言う意味の説明がされていました。

青年部の先輩の人達は世間の楽しみや情報を色々と教えてくれる人が多かったので、私もそれなりに楽しかったのは事実です。学生部にいたら決して触れることの出来なかったであろう娯楽も、楽しむ自由はかなりありました。

また青年部では、密かな形ではありましたが、組織のあり方や方針に批判的なことを言う人がいました。私は内心、批判を口に出すことに恐怖を覚えており、純粋に親鸞会に従うのが親鸞学徒のあるべき姿だというように教えられていたので、それを殆ど鵜呑みにしていましたが、頷けるところはありました。今思うと、親鸞会の全体統制的なところが出ていたと思われる点を2,3あげると:

1,「ご報謝」と呼ばれる献金の話がなされるときに、講師が自分の担当する地区の会員が新婚旅行に外国へ行ったことを引いて、そのような用途に使うことを否定的に話していたこと。これは個人の自由であり、他人が干渉する問題ではないと思います。

2,40周年記念大会にちなむ献金を、「何に使うのだろうか」という疑問を出した人がいたらしく、それについて指摘する内容の話があった。

3,親鸞聖人のアニメーションの中の台詞を、パロディ化して笑いをとるのに使ったり、面白くして喋っている学生会員がいることに会合で触れられ、高森会長が激昂して、学生部のトップに当たる講師を叱責したことを聞いた。しかし会長自身は、アニメの台詞を、聴衆の笑いをとるところで使っていた。今思うと、息苦しい雰囲気が流れていると思うし、理不尽な感じがする。高森会長だけは、何をしても罪を免れるエホバのような存在なのだろうか?

2、何が疑問になったか

そのまま青年部に移っても活動・聴聞を続けていましたが、自分の中で疑問が薄々と生じてきていました。

○周りを見ていると、聴聞が終わっても悔し涙を流す人は見当たりませんでした。「信心決定」まで求め抜こう!という叫びを、彼らはひょっとしたら死ぬまで繰り返していくのでは、という思いが初めの頃一瞬きざしましたが、そのときはまた別の考えに移ってしまっていました。(多くの学生たちが、「光に向かって頑張ります」とか「求めさせて頂けて幸せです」という声を発するのを耳にしていましたが、「救われた喜び」を語る学生が誰も居なかったのは、今から考えるとおかしいと思います)

加えて、信心決定できないのは自分達会員の懈怠な心が悪いので、真実お叫び下さっている会長に罪はない、という内容のことをしばしば聞かせられるので、絶えず教えの判っていない自分自身を卑しめられるように仕向けられ、その裏には「会員はどれだけ物心両面で犠牲になっても文句は言う資格はないのだ」というメッセージが込められているような気がします。

○親鸞聖人のアニメが1本15000円するのに、親や身内に買ったのはなぜかと聞かれて、うまく説明できず「お前は愚かだ」「大金を出して買ったのに見てもいないなんて」などと問責されて、その後一人になってみて、なぜ自分は勧められたとき、もっとよく考えた末に購入を検討しなかったのかと思って後悔しました。そしてそのことを2人の先輩に告げたら、どちらからも納得のいく答えが返ってこず、まるでアニメの値段が15,000円であるのは当然のような態度で、失望させられました。

また、アニメ第3部の上映会の際、ある会員の方が「また金儲けか」と発言して、高森先生がその会員を除名処分にしたことを聞いて、非常に恐怖を覚えました。しかし、「諸仏に守られる身の高森先生が、謗られたからといって、地獄行きといわれる会員を除名にするなんてずるいな」という思いも少しあり、引っかかっておりました。そういう思いがきざした自分は多分ひねくれているのに違いない、と当時は思ったことがありました。ただ、アニメに関しては、なるべくセンスとか、ストーリーとかに否定的な言葉が浮かんでくるのを恐れて、それらのことを思わないように自分の心を押さえ付けていました。

しかし、アニメの値段はあまりにも高額で、一般の人が軽々と買えるようなものではないと思います。愚かなことに、私はそのアニメを勧めることが光に向かうことになるのだと信じて、アニメビデオの頒布活動に、自分も出なければと言う思いで訪問販売に参加していました。親鸞会の活動の一環として行っているにもかかわらず、その事を伏せて人々にアニメを売っていると言うことがモラルに反するとは少しも思わず、人々を助けるための行動だと信じてやっていたのが本当に恥ずかしく思います。

今思えば、「光に向かう」活動をしていれば、その一体感と光に包まれている感覚が心地よいので、それ以上深く考えることは、色々な現実が見えてくるので、心の底では恐ろしくて出来なかったのだと思います。

○高森先生には無条件で服従しなければいけないと聞いて、背筋がぞっとしました。信心決定するのにそんなことまで必要なのかと思いました。

そして、ある女性が昔、高森会長が亡くなったときに自分も命を終わると言ったときに非常に感じ入った、というようなことを聞いたとき、私は驚いたものでした。

今思うと、この考え方が脳の隅々まで行き渡れば、自分は全く取るに足りない存在であり、自分の考えは破棄すべきものであるという、人間的な中身を丸ごと捨て去った存在になるより他なくなるでしょう。

大学時代にエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』について講義を受けたのですが、あの本についてもっと深く勉強しておくべきだったと思います。あれにはマインド・コントロールや、問題のある宗教団体での出来事にも少なからず当てはまる事柄が多く述べられていることをずっと後になって知ったからです。その中で、特にルターやカルヴァンの唱えたキリスト教教義についての文章や、ナチスと人々の自由との関係、「権威主義的性格」について述べられている文章は、会員の方には思い当たるところが多いだろうと思います。

親鸞会に入っていた頃、そこまで深く分析することが出来なかったのは、自分の属している会を批判して罪を作り、地獄行きの可能性が高まってしまうことに対する恐怖心のせいで精神的にストッパーがかかってしまい、ある種の思考停止状態になっていたからだと思います。

○教学講義では、覚えるようにといわれたプリントの文章を、間違わずにアシスタントの講師が覚えてきて暗唱したように見えても、高森先生に「違う」と言われたのを聞いて、私は内心「話が違うだろう」と思ったものです。それを別の先輩に言うと、「高森先生はそんな浅い気持ちで書かれたんじゃないと思う、だから何度も覚え直して聴聞のご縁にしたら良い」と返事されましたが、私は釈然としませんでした。

高森会長の教学講義ですが、あの講義は、会員が親鸞聖人の教えについて正しい言葉で語っているとしても、言葉の面であら探しをして無理矢理誤りを探し出し、否定すると言うことが多かったように思います。そうして、高森会長は親鸞聖人の御心を深く理解されたお方、会員はそれを判らない浅はかな懺悔すべき人間である、という思いを注入される、というのが毎回のパターンだったと思います。

そんなことがあっても、機関誌には高森先生の偉大さ・まばゆさをこれでもかという位賞賛する言葉が溢れており、他の情報に接することは夢にも思わなかったので、自分がまるで一人取り残されたように感じたものでした。周りの先輩達からは、「あれはおかしい」という言葉を聞くことができませんでした。

こういう事が重なるたび、それらを真面目に考えようとすると、ひどい精神的な混乱に陥ることが少なくありませんでした。周りの先輩達に相談しようとしても、まともな答えは得られないだろうという諦めもありました。(会にいた頃、高森先生賛美の嵐に一瞬だけ不自然さを感じました)

○ある時は「何でもいえる自由な組織」を目指されている、と言われ、ある時は「目標・会の方針に対して不満を持つことは恐ろしいことだ」といわれ、ひどく矛盾を感じたことがありました。会員はその時その時の都合でいいように使われる、高森先生に比べてごみ切れのような存在なのかとも、申し訳ないのですが、正直思ってしまったことがあります。

私の思いを述べさせて頂くと、こういう矛盾は教えの中にもあって、「善をしても後生の一大事解決に間に合わない」といわれる一方で、そのような身だと知らされるまで、命懸けで善に励めと言われることに混乱を覚えました。一生懸命善に励もうとしているのに自分は悪い者だと聞かされるのには、精神が分裂しそうな思いがしました。

○「御報謝(財施)」について、私は親に言わないようにしてそれに参加していました。勿論、それが崇高な目的のために使われるのなら喜んで参加したい、という思いがありました。しかし、やや懐疑的な会員から「世間が不況なのに、上は判っていてご報謝しろ、と言われるんだろうか」と言われた時、こんなにはっきりと言う人を珍しいと思いました。でもすぐに私は罪悪感にとらわれてしまい、先輩にそのことを報告してしまいました。

でも後になって私も、「会に対して不満を持つなとか、批判するものは除名だとか、そんな団体にお金をつぎ込むなんて訳が分らない」と先輩に言ったとき、会員なら御報謝に不満を持つなといわれ、黙り込んでしまったことがありました。どんな否定的なことも、献金制度に対しては自分達に口を挟む権利は無いのだろうかと訝しく思いました。

○「なぜ生きる」とか「光に向かって100の花束」が出始めたとき、世界に向かってアピールしようとしているらしいことを察しました。 (ただこれらが出版されたとき、会員が地区で(?)お金を出して貰ってそのお金で上記の本を何冊か買い込み、本の売上ランクを上げてベストセラーになるように工作する、という作戦が行われ、私も参加しました。今考えると奇妙な話ですが、私はこれも親鸞聖人のみ教えを伝えるためにやっていることなんだから悪いことではないのだという気持ちの方が、強く働いていました。)

しかし、学生部(学友部)の勧誘における問題点、会内部での金銭集め・活動の過激さ等の問題点を無かったことにして頬かむりして、これから世界で光り輝こうとしているなんてずるいな、と割り切れない気持ちになりました。(その当時は教えに対して文句が言えなかったので、親鸞会がワールドワイドな存在になりそうだと聞いてもある部分は納得していたのですが)

○高森先生が説法の中で、身体障害者にたいして差別用語を使ったときも、周りの人が笑っていたのには唖然とし、誰も疑問を挟む人がいないのにはおかしいと思いました。たとえ私がそれを先輩に指摘しても、「無常が迫っているのにそういう些細なことに捕らわれていてはいけない」と返されてしまいました。そういう高森会長の発言で「おかしい」と思うところが何回かあっても、「(善知識なのだから)目を瞑らなければならない」とか「批判することは居丈高になることだ」と無理矢理自分を押し殺し、親鸞会の会長に従う従順な会員となるよう、自分を鋳型にはめようとしていました。

3、何を思って親鸞会を抜けたのか

私は最後の数年間は、法話に参詣することも学生時代よりは少なくなり、人生を投げた不良会員になっていました。しかし数年前に教学講義の受講資格に、

(1) 親鸞会の方針に対し不平不満を言わない
(2) 親鸞会を誹謗するものがあれば上司に報告する
(3) もし親鸞会を誹謗する者を見逃したときは、どんな処罰も覚悟する

というような項目が追加されました。これが出来たきっかけは、親鸞会の御報謝制度を冗談で冷やかした人がいたから、と聞いたように記憶しています。私は妙に息苦しいものを覚えました。

私はこの頃から、自分が段々心理的に追いつめられてしまったように感じ、親鸞会の会員は勿論(今思うと、なぜ彼らはすんなりと教学受講資格の変更を受け入れることが出来たのか、疑問に思います)、家族に対しても心を開くことが難しくなり、架空の話し相手を作り出して頭のなかで会話をすることが一つの習慣になっていました。

同じ息苦しさは、支部で親鸞会の高森先生の法話に参詣しなかったことで、講師と上司の会員から2人で問い詰められたときにも感じました。教学講義の受講制度のことについてまた信頼できると思われる別の先輩に聞くと、「仏法を聞くためと割り切れ」とか「自分を殺さなきゃいけない、でも暗い話じゃない」と返されたのですが、私はそこでも釈然としませんでした。

そのうち、インターネットをはじめとして、親鸞会の情報を目にするようになり、自分と同じことを考えていた人が沢山いることを知って、ぐっと開放された思いがしました。

みんな、親鸞会に対して問題点を指摘し、疑問・正当な不満を感じている人が決して少なくないんだということを知ってほっとしました。情報の取捨選択には苦労しましたが、品のない罵倒もしばしば見掛ける一方で、知性の溢れる正当な批判や冷静な意見もきちんと出されており、思わず目を見張るものがありました。

ネットの情報を見ていくうちに、統一協会について書いた「マインド・コントロールの恐怖」とか「統一協会 マインド・コントロールのすべて」を入手して読み、統一教会のやり口と私が親鸞会で体験してきたことが、驚くほど似ていると思いました。

特に似ていると感じた点をあげます:

○統一教会の前衛組織であるビデオセンターで、バックの組織を隠して勧誘すること=親鸞会の学友部で、最初は親鸞会のフロントサークルであることを隠して、哲学サークルと名乗って学生を勧誘すること。

○被勧誘員に対して、最初は自分達の組織について親への口外を禁止すること、初期においては新入生同士の横の繋がりを阻止するよう操作すること。

○後輩から先輩へのホーレンソウの徹底。

○思考停止・無条件服従が奨励されること。

あと、文鮮明の恩を強調して会員を活動に駆り立てるところも、親鸞会会長の恩を強調して会員を煽り立てようとするところも酷似していると思いました。

それから程なくして退会を決意し、退会は実現しました。

親鸞会が冷たい檻で手錠のように思え、私がこのまま親鸞会の教義に心理的に束縛を受けていても、私にとって良いことは起こるのだろうかと思い始めていたし、本や周りの事象を見てみますと、親鸞会で教えられる「因果の道理」や「難度海の丸太や板切れ」等などのタームで物事を処理するのにはあまりにもそれらが複雑で、単純ではないのだろうということに気付き始めていました。(「苦しみが次から次へとやってくる」のは本当だと思っていたので、そこはある程度納得していました)

キリスト教や、他の宗教についての本もざっと見ておく価値はあるだろう、と思うようになっていました。(キリスト教では因果の道理を認めないし、神に祈れば罪を許されるという教えが犯罪の増加につながると聞いておりましたが、キリスト教についての本を詳しく読んでみると、事はそう単純ではないだろうと思うのです。)親鸞会で言うところの「世間」のことを体験し、「世間」や自分とその周りの現実のことをもっと見、精神的に幅を広げることに魅力をより多く感じ始めていたのも、自分の中で退会を促すことになったと思います。出てみて、いかに親鸞会が自分にとって受け入れがたい団体かというのが感じられるようになりました。

ある先輩からは「気が狂いそうになっても親鸞会から離れられないのは、教えが正しいから」だとか、「阿弥陀仏の御念力」だとか、まるで恋人が赤い糸とつながれているような口ぶりで言われていましたが、今思うと自分の心をコントロールされ、批判・異質な声が一切シャットアウトされた中で誘導され、信じる心を作り上げられていただけだったのではないか、とすら感じるようになりました。第一、「阿弥陀仏の御念力」は、ダミーサークルで最初は「宗教とは関係ない」と嘘をついて入れられ、情報操作されないと届かないようなものなのでしょうか?

それから、機関誌での親鸞会賛嘆も、離れてみるとますます茶番臭さが目に付くように思います。親鸞会に籍を置いていた最後の方の期間、私は会内が異様な熱気を帯びていくのに反して、心が冷えていっていたのでした。それ以来、私はどの人に対する仰々しい賛美・神格化の言葉も、冷めて見るようになり、軽い人間不信の状態が出来てしまったように思います。

親鸞会にはいると、親鸞会教義以外の考え方に耳を傾け、吟味してみるという機会は非常に得がたくなります。周りの事柄を「人生の目的達成」に必要か不必要か、で分けてしまう考え方に身を委ねるようになり(またそうして処理することは非常に頭を働かせるのが楽になります)、物事の見方が薄いものになってしまうおそれがあります。

また私の場合、0か100かで物事を決めようとする傾向が強くなってしまったと思います。恐らく、上にあげたことと無関係ではないと思います。 親鸞会内で、信頼できると自分が思った会員に対しても、自分の生き様、家族のこと、社会的な関わりについて深いところまで話し合おうとするときには、そこに大きな障害が立ちはだかるように思います。まず高森会長まこと、親鸞会ありきで物事を考える場合が多く、思考をその枠からはみ出させることはなかなか難しいと思われるので、もし自分がそれらの事に疑問を持ち始めて心が揺らいでいる場合、上記にあげたような人とは話がかみ合わなくなり、失望を味わう可能性が高いからです。むしろ親鸞会に対して一定距離を保ち、ドライで醒めた考えを持つ人に出会えれば、その方が幸運でしょう。

私の経験から申しますと、誤って元々の身内との関係が事実上切り捨てられてしまっていたのと、親鸞会の人に対して心を開くのが難しくなっていて、お面を付けて過ごすような心持ちの状態が長く続いたことの後遺症で、周囲の人との対人関係の築き方にも支障が出てしまいました。

ですから親鸞会に入れば友達が沢山出来るだろうと期待を持たれた方には、予めその事を申し上げたいと思います。

あと、特に親鸞会への入会を勧められている方に申し上げたいのですが、親鸞会に入って仏法を求めることになってもお金や体力面、精神面での苦労が報われるかどうかは全く判らない、保証できないということを念頭に置いておかれることをお勧めしたいです。

なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集 トップに戻る

なぜ私は親鸞会をやめたのか|ホーム