なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

現会員の方からの反響

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メールを寄せられた方の中に、どうしてこのサイトは退会者の文章ばかりを反響として掲載して、現会員の方からのメールがないのか、という質問を頂きました。それについて、説明を致します。

このサイトには、現会員の方からのメールも沢山頂いております。しかし、会を擁護する立場の方からは、「サイトを閉鎖せよ」「謗法の大罪を覚悟せよ」といった非常に感情的なメールの他には、「法的に責任を取って頂く」という類のメールしか届いていないのです。

当方はそういったメールを掲載しても良いと考えているのですが、こちらから返信をしても何の音沙汰もないので、残念ですが現状では掲載出来ません。

それ以外での現会員の方からのメールとしては、親鸞会について深刻な疑問や悩みをお持ちの方が非常に多く、最近は学友部の幹部や福徳会員、講師部員といった方からのメールもあります。しかし内容があまりに具体的であるため、送られたご本人が掲載を希望されないほか、こちらとしても様々なリスクを考え掲載は出来ないと考えております。

その他には、親鸞学徒と称する方から、当サイトへの反論サイトが出来ておりますので、これも広義の意味で会員の方からの反響と思ってよいと思います。

ただ、大変残念なのは、こうしたサイトで当方を「京都の本願寺布教使の某グループ」や「本願寺の関係者」と言ってみたり、「かわいそうな人」「思いこみの激しい人」「変な人」「悪質な中傷」「迷いの姿そのもの」「幼稚な信仰」といった言葉が頻繁に現れることです。

私自身は「本願寺」でも「某グループ」でもありません。その事だけは誤解をただしておきたいと思いますが、それ以外はどんなことを言われようと、別段構いません。自らが大切に思い、信じてきた「親鸞会とその教義」を、守ろうと思って、必死になっておられるのでしょう。そのお気持ちは、よく分かります。

ただ、こうしたサイトを作成される方が、親鸞会によって悩み、苦しんでいる方々の声の十分の一でも聞き、「教えがわかってない人」「欲に流された人の愚痴」と切り捨てるのではなく、真摯にその人達の声を受け止めることが出来たらならば…私の元にこれだけ沢山の方からメールが来ることもなかったでしょうし、私に感情的な言葉を投げつける必要もなかったのではないかと思うのです。

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