なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

『 なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 2006/6/2

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2006年5月30日に、『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』の管理人様からメールを頂きました。それについて当方が6月2日に返信したメールを掲載致します。

その後催促のメールも送りましたが、現在に至るまで先方からの反論・返信は無くなりました。

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「『なぜ私は親鸞会をやめたのか』を読んで」の管理人様


「なぜ私は親鸞会をやめたのか」の管理人です。
お返事頂き、ありがとうございました。読ませて頂きました。

まず、私からの質問に一切お答え下さっていないようで、非常に残念でした。
あなたは、私からの質問に答えない理由を以下のように言われています。

> また、貴方の質問は、すでにお答えしたことの繰り返しや、私とは無関係なものばかりです。
>
> あとは、ご自分で勉強されたらいいでしょう。
>
> いつまでも、他人に頼ってばかりでは、成長がありませんよ。

「すでに答えたことの繰り返し」とは、どの質問のことを言われているのでしょうか?あなたが返答されていたのに、私が読み飛ばしていたでしたら、申し訳ありません。どの部分をことを言われているのか、簡単にでけっこうですので、教えて頂きたく思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

あと、私がした質問に、「あなたと無関係な質問」があったでしょうか?もし、そのようなものがありましたら、申し訳ありませんでした。
しかし、以下の質問は本当にあなたに無関係な質問でしょうか?

以下の(1)から(9)の質問は、いずれもあなたが私に言ってこられた言葉から生じた疑問を質問していることです。あなたが言われなければ、でてこなかった疑問であり、質問です。あなたの言ったことについて、あなたにお尋ねしていますので、ご自分の述べられたことを自覚しておられるのでしたら、責任ある回答をよろしくお願いいたします。

(1)あなたは私について「あなたは本願寺の僧侶と手を組んで、まじめな親鸞会会員に親鸞会をやめるようにそそのかしている」「あなたは本願寺末寺の身内だ」「『親鸞会は本当に本願寺に勝ったのか』のサイトはあなたが作ったものだ」と言われています。この根拠を教えて下さい。「すべて根拠がある」とのことですので、楽しみにしています。よろしくお願いいたします。

ちなみに、あなたはどう思っておられるか分かりませんが、私は「ネットだからどうせばれないだろう」などと思って、このように尋ねているのではありません。あなたが指摘していることは、私にとってまったく身に覚えのないことばかりです。どうして身に覚えのないことを、認めることができるのでしょうか?何度も言いますが、あなたは完全に私のことを他の人と勘違いされているように思います。

是非、上記の根拠があるのならお示し下さい。よろしくお願いいたします。
根拠が示せないのなら、根拠もなく勝手に決め付けている、と思われても仕方がないでしょう。

明確な根拠が出せない場合、また勘違いによるおかしな根拠である場合は、あなたのサイトの「やはり本願寺関係者でしたね」という記述は間違っているということですので、返答よろしくお願いいたします。

(2)あなたのもとに、私のサイトを見た何人もの親鸞会を退会した方から「私は、あんな恩知らずになりたくない」とか「親鸞聖人の教えは、今でも信じています。あんな卑劣な人間と一緒にしないでください」というメールが数多く届いている、と言われました。しかし、あなたはまだその中の1通を示されたに過ぎません。私が自分自身のいたらない部分を反省するためにも、そのようなメールが多数あるのなら、それらをお示し下さい。よろしくお願いします。それともメールは1通だけでしょうか?

(3)私が問うているのは、「親鸞会で人生の目的達成出来るのか?」です。親鸞会の幹部や講師部員で 救われた人がおられるのなら教えて下さい。ちなみにあなたは会員暦何年でしょうか?もう信心決定されましたか?教えて下さい。

(4)『親鸞会必殺育成法』は親鸞会の幹部が作成したものだとお認めになりますか?もし、お認めにならないのなら、その理由をお聞かせ下さい。

(5)あなたは「親鸞会は、仏法でいう真理を、自然科学的な法則とはっきり区別して説いている」と言われています。しかし、親鸞会の渡部弘宣部長の著書『キリスト教文明の崩壊と仏教の時代』や高森会長の著書『会報』の以下の記述を読むと、疑問を感じてしまいます。

「さて、仏教である。因果律に基づく仏説は、科学そのものといっていい。」

「『般若心経』の「色即是空、空即是色」が、現代物理学の先端をいくアインシュタインの相対性理論に現れる式、E=mc2(Eはエネルギー、mは物質の質量、cは光速度)と同じ意味であるとは、多くの物理学者が指摘するところ。」

「仏教の世界観が真理であることは、現象学が論理的に証明した後、量子力学、素粒子物理学などで 実証されている。」

「仏教は因果の道理にもとづき徹底的にかかる宇宙創造説を否定し宇宙の万有は因果の道理に順った 生物の自己創造で万有は変化流転して止まず、何ら支配的な神は認めない。これは立派に科学的に 証明し得るというより、寧ろ科学そのものというべきであろう。」

これらの著述の内容を「こういう意味で言われているのであり、決して親鸞会は、仏法でいう真理と自然科学的な法則をごっちゃにしている訳ではなく、ハッキリ区別して説いているのだ」と説明して頂けないでしょうか?


(6)ちなみに「「色即是空、空即是色」が、E=mc2と同じ意味」と指摘する「多くの物理学者」など、私はあまり聞いた事が無いのですが、あなたはそのような物理学者を知っていますか?あと、 あなたはこの渡部氏の著書を読まれたことはありますか?

(7)あなたは「釈尊45年間の教えを、一度に新入生に伝え、理解してもらえる方法などないのではないか」「『小出しにして、いつのまにか本人の意志で納得して選んだ形をとる』のがいけないとするなら、およそ人間同士の交渉は、すべて成り立たないと思われる。」と主張されています。

これらの主張から「だから、宗教団体である事などを隠して勧誘しても許される」という事を言われたいのでしょうか?それとも「宗教団体である事などを隠して勧誘するのは、悪いことだ」と思われますか?

(8)あなたは私のサイトについて「事実でもないことを事実であるかのように言いふらしでいる」 「針小棒大に書きたてたり、誤解を与える事柄だけを取り上げている」と言われています。では、それらはどの部分なのか、分かるように具体的にお示し下さい。本当にあなたの言われるとおりなら、記述内容を検討しますので、どうぞよろしくお願いいたします。

(9)あなたは「どんな活動でも、『苦しい思いをした』と言われる方はある。それが光に向かっての苦しみであれば、すべてはムダにはならない。生かされる苦しみであり、報われる苦労である」と言われています。では、「光に向かっての苦労」と、「そうでない苦労」は、どこで区別するのでしょうか?


以上の九つの質問に対して、返答をよろしくお願いいたします。

親鸞会の高森会長は、以下のようにおっしゃっていますよ。

「他を批判した以上、最後まで、その内容には、責任を負うのが、常識人のとるべき態度である。ところが、その常識を、公然と、じゅうりんしてはばからぬ、自称、仏法者が存在するのだ。」 (『本願寺なぜ答えぬ』高森顕徹・著)

会長先生はこのように仰っておられますよ。もし、あなたが私のサイトを批判されたにもかかわらず、ご自分の書かれた文章に対する責任を負わず、私からのメールに返答されないようなら、まさに、会長先生が仰せの「常識を公然とじゅうりんしてはばからぬ自称仏法者」ではないでしょうか?

また、親鸞会の機関紙『顕正新聞』には、以下のように書かれています。

「親鸞聖人のみ教えは、演出やハッタリ、一時のお祭りムードで伝わるようなものではない。今日一日、目の前の人に、まず全力で伝え抜く。非難に耐え、誤解を解き、質問にはとことん答える。”こんな真実、世界のどこにもない、これは叫ばずにおれん”と相手が心から思えるまで、深く深く、真実の言葉を打ち込む。」(顕正新聞18年3月15日号 論説「心の荒野を開拓する」より)

「顕正は、迷信との対決だ。はじめは鉄板に種を蒔いているように感じる。「お前、何考えとるんだ」と、ぼろくそに言われることもあろう。そこを、信念をもって話してゆく。議論がうねり始めてからが勝負だ。時間をかければ、相手の論理は必ず破れる。」 (顕正新聞18年3月15日号 大喝「大事なのは熱だ」より)

真実を叫べば、反発や反論は出るものです。それらの疑問、質問に徹底的に答え、激論が交わされてこそ、あなた方の言われる真実も明らかになるのではないでしょうか?

もし、自分に都合の良い質問にばかり答え、都合の悪い質問や議論には一向に答えようとされないのであれば、あなたは、会長先生の仰せにも、顕正新聞の内容にも反する親鸞学徒と言えない者となりはしないでしょうか?

どうか、二度と「答える必要性を感じない」とか、「私には関係のない質問だ」などと言われることなく、私からの質問に誠意をもって、お答え頂きたいと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

> 結局貴方は、親鸞聖人や蓮如上人のお言葉には、何一つ触れることができませんでしたね。
> 「親鸞会の教え」と繰返すばかりでしたが、すべては仏説であり、親鸞聖人、蓮如上人の教えです。

過去にあなたがサイトの中で、「なぜ親鸞聖人のお言葉が出てこないのか?」と聞いておられましたので、それにはすでに答えてきましたがいかがでしょうか?それこそ、今まで何度もやりとりしている通りです。分かられなければ、過去、私が述べた部分をお示しいたしますので、よろしくお願いします。

> 仏法で最も恐ろしいと教えられる罪を繰返しながら、それを、廊下にゴミを捨てたほどにも感じていない今の貴方には、何を言っても届かないのかもしれません。
>
> そんな貴方の姿を、はてしない流転輪廻を繰返してきた過去の己の姿として、反省するご縁とさせていただきました。
>
> 私は、釈尊、親鸞聖人、蓮如上人のお言葉を光として、親鸞学徒として生きていきたいと思っています。

「親鸞学徒として生きていきたい」とのあなたの思い、尊く思います。先ほども述べましたが、高森会長も言われているように、「他を批判した以上、最後まで責任をもつ」ために、私の一つ一つの質問にしっかりお答え頂きたいと思います。

また、親鸞会の機関紙に書かれているように、親鸞学徒として反論や反発から逃げられずに、返答よろしくお願いいたします。

もし、返答をなされないようであれば、非常に無責任であり、高森会長の言葉や顕正新聞に述べられている親鸞学徒の姿に反するのではないかと思います。あなたが「親鸞学徒として生きていきたい」との願いも、言葉だけがむなしく響いているようです。

どうか、誠意あるご返答よろしくお願いいたします。


> 結局貴方の「マインドコントロール論」は、「親鸞会と名乗らないから問題」という1点になってしまいましたが、これはまったくつまらない議論です。
>
> 親鸞会と聞いてご縁を結んだAさんと、はじめは親鸞会と聞いていなかったBさんと、同じご法話に参詣し、同じように教学を学び、同じように親鸞聖人の教えを求めたとして、貴方の言い分では、Aさんは問題ないが、Bさんはマインドコントロールされている、ということになるのでしょうか。
>
> かわいいというか、取るに足りないことです。
>
> マインドコントロールということの本質を理解していないから、このようなことが疑問になるのでしょう。

私は「Bさんがマインドコントロールされている原因は、『最初に親鸞会と聞かされなかったこと』だ。ただその一つの理由で、Bさんはマインドコントロールされていると言えるのだ」と言ったでしょうか?

あなたのほうこそ、私がこれまでマインドコントロールについて、述べてきたことを誤解されているのではないでしょうか?

また、Bさんのような多くの人が、「親鸞会に騙された」「親鸞会という自分たちの立場を隠していた」「親鸞会の人たちは、最初、親鸞会とも言わないし、立場も詐称している」などと親鸞会を批判するようなら、やはり親鸞会に問題があるのではないでしょうか?

あと、あなたは「取るに足らないことです」と言われていますが、これは「親鸞会学友部が最初に親鸞会と名乗らずに新入生に近づき、勧誘することは、特に問題ではなく、取るに足らないことだ」という意味でしょうか?「取るに足らないこと」とは、何のことか、分かるようにご説明お願いいたします。

> >ただ、看過できない点がありますので、確認いたします。
> >
> >>「必殺育成法」は、間違いなく親鸞会で作成されたものです。それは、親鸞会の渡部弘宣部長が
> >>「著作権侵害」を訴えていることでハッキリしています。
> >
> >ここで弘宣部長は「誰の著作権侵害」を訴えておられるのでしょうか。
> >「浄土真宗親鸞会の著作権」ですか?
> >それとも、ある特定の人物の著作権ですか?
> >それをハッキリさせてください。
>
>
> 上記の件は、やはり、まともな返答はできませんでしたね。
>
> 教えていただいた通り、弘宣部長にメールをしてお尋ねしたところ、回答を頂きました。
>
> それによりますと、『「顕正虎の巻」「必殺育成法」は、作成者の承諾なしに掲載されているとすれば、著作権侵害になり、infoseekの規約に違反する』という内容をプロバイダに送信した、というものでした。
>
> つまり、infoseekの規約第17条第1項4号の「他の会員、第三者もしくは当社の著作権、商標権等の知的財産権を侵害する行為」に該当している可能性が非常に高い、という訴えであるということです。
> 「親鸞会の著作物」であることは、どこにも触れられていません。
>
> それを「間違いなく親鸞会で作成したことがハッキリした」とは、貴方しか言えないことでしょう。

渡部弘宣部長様から、そのように教えて頂いたとのこと、分かりました。
おそらく、渡部弘宣部長も『最も重要な点』は隠すしかなかったのでしょう。

昨年11月18日に、浄土真宗親鸞会弘宣部長の渡部氏の代理人から頂いたメールに、

>貴殿が管理する特定電気通信設備に掲載されている下記の情報の流通により会の権利が侵害された

とあり、

>侵害されたとする権利:
>著作権、プライバシー権
>削除を求めます。

と書かれていますが、この部分は教えて下さらなかったでしょうか?

渡部氏は、「会の権利が侵害された。侵害されたのは著作権である」とハッキリと書いておられます。

著作権法第7条に、「著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権、著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」とあります。

しかし、親鸞会は「著作者」でも「著作権者」でも「出版権者」でもないのに、「会の著作権が侵害された」と主張しておられるのでしょうか?

それとも、「親鸞会のものだとは言わないが、親鸞会の著作権が侵害されたので、削除を求める」というのが親鸞会の主張なのでしょうか?

もしそのようなことなら、「親鸞会に都合の悪い情報を消すために、法的根拠もなく圧力をかけてきた」と思われても仕方がないのではないでしょうか。「大宇宙の真理を伝える唯一の団体であり、地域住民からも信頼されている」といわれる親鸞会がそのようなことをするとは、私には考えられないのですが…いかがでしょうか?

渡部氏はあなたに「あれらのマニュアルは親鸞会で作られたものではない」とは、言わなかったのでしょうか。おそらく、この点を渡部氏は自分で分かっていて、誤魔化すしかなかったのではと思います。

是非、もう一度このことを渡部氏に尋ねてみて下さい。
よろしくお願いします。

あと、以下の部分についても、あなたが言われたことの意味がよく分かりません。
返答よろしくお願いいたします。

> いつでも、どうぞ。
> 貴方の後生の一大事は、あなた自身が真剣に聴聞する以外に解決の道はありません。
> ただし、その前に、貴方のサイトに関するすべての責任を取ってもらわなければなりません。

分かりました。機会があれば、是非参詣させて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。

「参詣するなら、その前にサイトに関する全ての責任をとってもらう」とは、具体的にどのようなことを意味しておられるのでしょうか?サイトを公開していることで、何か責任が生じるような問題でも起きているのでしょうか?どのようなことをすれば、責任をとったことになるのでしょうか?分かるように教えて下さい。よろしくお願いいたします。

「なぜ私は親鸞会をやめたのか」管理人

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