なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

『 なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 2006/5/22

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2006年5月20日に、『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』の管理人様からメールを頂きました。

それについて当方が5月22日に返信したメールを掲載致します。

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「『なぜ私は親鸞会をやめたのか』を読んで」の管理人様


メール有難うございました。
読ませて頂きました。

これまで、5ヶ月の沈黙をやぶったあなたから、20以上もの質問が寄せられました。
「あなたの文章に対する疑問なので、責任もって答えてもらいたい」と言われましたので、
時間はかかりましたが、これまで一つ一つ答えてきました。

しかし、あなたは私からの質問にはほとんど答えておられません。
都合のいい部分だけ答えて、都合の悪い部分は一切、答えておられないように思いますが、いかがでしょうか。

そのようなあなたの姿勢では、「誠意がない」と言われても、仕方がないのでは
ないでしょうか?

私が公開しているサイトの文章に対して、親鸞会会員であるあなたが
多々、疑問に思われることはあるかと思います。そのお気持ちは分かりますし、
だからこそ、20以上もの質問となって出てきたのでしょう。

私も自分が書いた文章についての質問でしたので、精一杯答えたつもりです。
しかし、今回のあなたからの返事には、私の質問にはほとんど答えて下さっていません。

最近、現役会員の方からメールを頂く機会が増えてきましたが、
「『読んで』の返答の内容や、やり方は姑息で卑怯だと思う」というメールを頂いています。会員に不信を与えないためにも、私の質問に一つ一つお答え下さるよう、よろしくお願いいたします。親鸞会会員であるあなたの、誠意ある態度に期待しています。

また、現役会員の方が「講師部の人から『親鸞会への批判サイトは本願寺関係者が作っているものだ』と聞かされた」と言われています。もし私のサイトのことでしたら、ひどい勘違いです。おそらくあなた(のサイト)の影響でしょう。以下の質問の(1)にそのことをお尋ねしていますので、しっかりお答え下さい。


では、これまであなたと何度もやり取りをして、疑問に思うことが多々でてきたことを
お尋ねしたいと思います。あなたの言われたことについての疑問点ですので、しっかりお答え頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。


(1)あなたは私について「あなたは本願寺の僧侶と手を組んで、まじめな親鸞会会員に親鸞会をやめるようにそそのかしている」「あなたは本願寺末寺の身内だ」「『親鸞会は本当に本願寺に勝ったのか』のサイトはあなたが作ったものだ」と言われています。この根拠を教えて下さい。「すべて根拠がある」とのことですので、楽しみにしています。よろしくお願いいたします。

ちなみに、あなたはどう思っておられるか分かりませんが、私は「ネットだからどうせばれないだろう」などと思って、このように尋ねているのではありません。あなたが指摘していることは、私にとってまったく身に覚えのないことばかりです。どうして身に覚えのないことを、認めることができるのでしょうか?何度も言いますが、あなたは完全に私のことを他の人と勘違いされているように思います。

是非、上記の根拠があるのならお示し下さい。よろしくお願いいたします。
根拠が示せないのなら、根拠もなく勝手に決め付けている、と思われても仕方がないでしょう。明確な根拠が出せない場合、また勘違いによるおかしな根拠である場合は、あなたのサイトの「やはり本願寺関係者でしたね」という記述は間違っているということですので、返答よろしくお願いいたします。


(2)なぜ、親鸞会は「華光会」を名指しで批判しないのでしょうか?高森会長が在籍していた「華光会」に対して、名指しで批判できないのは理由が何かあるのでしょうか?教えて下さい。


(3)あなたのもとに、私のサイトを見た何人もの親鸞会を退会した方から「私は、あんな恩知らずになりたくない」とか「親鸞聖人の教えは、今でも信じています。あんな卑劣な人間と一緒にしないでください」というメールが数多く届いている、と言われました。しかし、あなたはまだその中の1通を示されたに過ぎません。私が自分自身のいたらない部分を反省するためにも、そのようなメールが多数あるのなら、それらをお示し下さい。よろしくお願いします。それともメールは1通だけでしょうか?


(4)私が問うているのは、「親鸞会で人生の目的達成出来るのか?」です。親鸞会の幹部や講師部員で救われた人がおられるのなら教えて下さい。ちなみにあなたは会員暦何年でしょうか?もう信心決定されましたか?教えて下さい。


(5)『親鸞会必殺育成法』は親鸞会の幹部が作成したものだとお認めになりますか?もし、お認めにならないのなら、その理由をお聞かせ下さい。


(6)あなたは「親鸞会は、仏法でいう真理を、自然科学的な法則とはっきり区別して説いている」と言われています。しかし、親鸞会の渡部弘宣部長の著書『キリスト教文明の崩壊と仏教の時代』や高森会長の著書『会報』の以下の記述を読むと、疑問を感じてしまいます。

「さて、仏教である。因果律に基づく仏説は、科学そのものといっていい。」

「『般若心経』の「色即是空、空即是色」が、現代物理学の先端をいくアインシュタインの相対性理論に現れる式、E=mc2(Eはエネルギー、mは物質の質量、cは光速度)と同じ意味であるとは、多くの物理学者が指摘するところ。」

「仏教の世界観が真理であることは、現象学が論理的に証明した後、量子力学、素粒子物理学などで実証されている。」

「仏教は因果の道理にもとづき徹底的にかかる宇宙創造説を否定し宇宙の万有は因果の道理に順った生物の自己創造で万有は変化流転して止まず、何ら支配的な神は認めない。これは立派に科学的に証明し得るというより、寧ろ科学そのものというべきであろう。」

これらの著述の内容を「こういう意味で言われているのであり、決して親鸞会は、仏法でいう真理と自然科学的な法則をごっちゃにしている訳ではなく、ハッキリ区別して説いているのだ」と説明して頂けないでしょうか?


(7)ちなみに「「色即是空、空即是色」が、E=mc2と同じ意味」と指摘する「多くの物理学者」など、私はあまり聞いた事が無いのですが、あなたはそのような物理学者を知っていますか?あと、あなたはこの渡部氏の著書を読まれたことはありますか?


(8)あなたは「釈尊45年間の教えを、一度に新入生に伝え、理解してもらえる方法などないのではないか」「『小出しにして、いつのまにか本人の意志で納得して選んだ形をとる』のがいけないとするなら、およそ人間同士の交渉は、すべて成り立たないと思われる。」と主張されています。

これらの主張から「だから、宗教団体である事などを隠して勧誘しても許される」という事を言われたいのでしょうか?それとも「宗教団体である事などを隠して勧誘するのは、悪いことだ」と思われますか?


(9)あなたは私のサイトについて「事実でもないことを事実であるかのように言いふらしでいる」「針小棒大に書きたてたり、誤解を与える事柄だけを取り上げている」と言われています。では、それらはどの部分なのか、分かるように具体的にお示し下さい。
本当にあなたの言われるとおりなら、記述内容を検討しますので、どうぞよろしくお願いいたします。


(10)あなたは「どんな活動でも、『苦しい思いをした』と言われる方はある。それが光に向かっての苦しみであれば、すべてはムダにはならない。生かされる苦しみであり、報われる苦労である」と言われています。では、「光に向かっての苦労」と、「そうでない苦労」は、どこで区別するのでしょうか?

では、あなたからの質問にお答えいたします。

> ただ、看過できない点がありますので、確認いたします。
>
> >「必殺育成法」は、間違いなく親鸞会で作成されたものです。それは、親鸞会の渡部弘宣部長が「著作権侵害」を訴えていることでハッキリしています。
>
> ここで弘宣部長は「誰の著作権侵害」を訴えておられるのでしょうか。
> 「浄土真宗親鸞会の著作権」ですか?
> それとも、ある特定の人物の著作権ですか?
> それをハッキリさせてください。

質問の意図がよく分からないのですが、あなたは、渡部弘宣部長が訴えているのは、
「ある特定の人物の著作権」なのか「親鸞会の著作権」なのかを知りたいと
いうことでしょうか?

本当に知られたいのなら、渡部弘宣部長にお尋ねすればいいと思います。
アドレスはご存知かと思いますが、t-watanabe@jdss.jpです。

私に何を聞かれたいのですか?看過できないとまであなたは言われているので、
もう少し、質問の意図が分かるようにお願いします。


>>(14)貴方が展開しているような、「マインドコントロール論による入信の説明」を、
>>専門家は不毛と断じ、「宗教社会学の議論からは認めることができない」と批判して
>>いますが、それでも貴方は、「親鸞会はマインドコントロールしている」と言い張る
>>のでしょうか。

> 自分の「マインドコントロール論」が破綻した腹いせでしょうか。
> この件に関する貴方の文章も、意味不明です。

申し訳ありません。腹いせで書いたつもりは全くありません。
「意味不明」だけでは、抽象的で理解しづらいですので、「どこがどのように意味不明なのか」を具体的にあげて頂けるとありがたいです。

あなたの主張には、このような抽象的な表現が多いので、こちらもしっかり理解できずにいます。是非、具体的に教えて下さい。あなたの言われる意図をこちらも正しく理解したいと思いますので、よろしくお願いいたします。


> 結局、貴方が最大の問題として繰り返し述べていることは、「親鸞会ということを言わない勧誘」ということのようですが、大学のサークルで学生さんたちが勉強会などを開く場合には、そんなこともあるでしょう。
>
> いろいろなことを縁として、仏縁を結ばれる人があるということです。
>
> やましいことがあるから隠しているのだろう、などというのは、下衆の勘ぐりというものです。
>
> いろいろな誤解もあるでしょうが、親鸞会の正しい姿を知っていただけば、いずれも解消されることだと思います。

1回、2回、数名の有志で勉強会を行うのなら、あなたの言われるようなことも、
もしかしたらあるのかもしれません。(それでも、外に向けては「親鸞会」と
名乗るべきだと私は思いますが)

しかし、勉強会だけに限らず、新人を勧誘する活動においても、自分たちの団体名を
名乗らないですし、そのような不透明な勧誘をもう何年も続けているのが親鸞会学友部です。多くの批判にされされているように、明らかに異常です。

そのことを以下の文章で指摘しているのです。

「親鸞会は本当に変わるのか」
大学における巧みなカモフラージュ
/kawaru3.html

名乗らないのは、「名乗れない」からです。その理由が必ずあるのです。結果には原因があると親鸞会では教えられているのではないでしょう?
その「親鸞会と名乗れない理由」とは一体なんでしょうか?

あなたは、どんな理由だと思われますか?「下衆のかんぐり」などではない、
彼らの立場からみた正当な理由があるのでしょう。あなたは、どう思われますか?
あなたのご意見を聞かせて下さい。


> いつでも、どうぞ。
> 貴方の後生の一大事は、あなた自身が真剣に聴聞する以外に解決の道はありません。
> ただし、その前に、貴方のサイトに関するすべての責任を取ってもらわなければなりません。

分かりました。機会があれば、是非参詣させて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。

「参詣するなら、その前にサイトに関する全ての責任をとってもらう」とは、具体的にどのようなことを意味しておられるのでしょうか?サイトを公開していることで、何か責任が生じるような問題でも起きているのでしょうか?どのようなことをすれば、責任をとったことになるのでしょうか?分かるように教えて下さい。よろしくお願いいたします。


あと、私のことを以下のように言われていますが、

> 因果の道理を否定する貴方は、仏法者ではなく、間違いなく外道です。
>
> だから、仏法の真髄を説かれた親鸞聖人の教えが、貴方には片鱗も理解できていないのです。

まず、私は「親鸞会の説く因果の道理は大宇宙の真理」だという主張を、否定も肯定もしていません。「それが大宇宙の真理であるのかどうかは分からない」「親鸞会の説く因果の道理が大宇宙の真理だと思うのも、宗教的な信念に過ぎないのでは」と言っているのです。これは「なぜやめたのか」を書いたときから、主張していることです。
「手のひらを返すような豹変ぶり」ではありませんよ。

そして、「親鸞会の説く因果の道理が、大宇宙の真理であるのかどうかは分からない」と言っているのは、「因果の道理が三世を貫いて、大宇宙において原理法則として成り立っているのかどうかが分からない」という意味です。
善いことをするのを否定したり、悪に誇っている訳ではありませんよ。

「親鸞会の説く因果の道理が、三世を貫いて大宇宙の真理として寸分の狂いもなく働いている」ということをどうして理解できるのか、疑問なのです。それは宗教的な信念により、信じているに過ぎないのでは、と言っているのです。
しかし、私はできるだけ善いことをしたいですし、悪い事はしたくない、と勿論思っています。

ただ、このような気持ちがあるからといって、必ずしも「因果の道理は大宇宙の真理だと信じて行動している」ことにはならないと思いますが、いかがでしょうか。

親鸞会では、「一生懸命、勉強するのも、勉強すれば成績があがると信じているからであって、それは因果の道理を信じているからだ」といった分かりやすい説明がよくなされていますが、それは、この場合における「勉強すること」と「成績があがること」の因果関係を経験則から学んで知っているのであって、「だから、親鸞会の説く因果の道理は、三世にわたって成り立っている大宇宙の真理である」などと結びつけるのは、あきらかに論理の飛躍があるように思います。

しかし、親鸞会を批判する人たちを、「因果の道理を否定している外道である」と表現するのは、親鸞会会員に対しては、非常に有効な表現方法だとは思いますよ。
「因果の道理を否定する外道」とは、非常に使い勝手のいい言葉だな、と思ってしまいます。


> まじめな聞法者の真摯な苦しみも、仏法をなんとかお伝えしたいという方々の苦労も、まったく理解できないのです。

あなたも、親鸞会の活動で苦しんでいる人たちの心の痛みをまったく理解できていないのではないでしょうか。だから、会員である人からも、「『読んで』の管理人の返答には、嫌なものを感じる」と思われるのではないでしょうか。


> 貴方は気づいておられないでしょうが、そんな精神の幼児性が、文章の随所に現われています。

貴方は気づいておられないでしょうが、このような相手を貶めるような言葉を、あなたはよく使っておられます。このように言われるのなら、「精神的な幼児性が現れている文章」を具体的に教えて頂けないでしょうか?よろしくお願いいたします。


親鸞会には問題点も多いと思っていますが、よいところも多々あると思いますし、親鸞会の存在意義はいろいろあるかと思います。自分がかつて所属していた団体には、是非、よくなってもらいたいと思いますので、会員であるあなたにも、私の意見を通して、そのことをよくよく考えて頂きたいと思います。

では、お返事お待ちしていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

「なぜ私は親鸞会をやめたのか」管理人

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