なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

『 なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 2006/5/1

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2006年4月27日に、『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』の管理人様からメールを頂きました。

それについて当方が5月1日に返信したメールを掲載致します。

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「『なぜ私は親鸞会をやめたのか』を読んで」の管理人様


「なぜ私は親鸞会をやめたのか」の管理人です。
メール有難うございました。読ませて頂きました。

> ようやくの返信、有難うございました。
> 残念なことに、こちらの質問には、何一つ、答えていただけませんでしたね。
>
これから、少しずつでも質問しますので、待って下さいね。
以前も言いましたように、忙しい中ですが、少しずつでも返信したいと思います。

ただ、あなたもこちらのメールを5ヶ月近くも無視続けていましたので、
申し訳ありませんが、もう少し気長にまって下さい。
私もあなたの返答を気長に待ち続けていたのですよ。


> お忙しいようですが、たとえば、(1)の質問など、なぜ答えられないのか、
> 私には理解できません。

なぜ答えられないのか、は「メールをうつ時間がないから」です。
前にもいったとおりです。電話や直接はなしをするのなら、早く答えられるのかも
しれませんね。

> 「ユートピア」というのは、「どこにもない場所」という意味です。ところが貴方は、
> 「信心決定という体験はあると思う。否定はしない」とも言う。「あるもの」なら、
> ユートピアとは言わないのですよ。
> 言葉の理解が、かなり混乱しておられるようですから、お尋ねしているのです。

私の文章をもう一度よく読んで頂けませんか?
あなたの言うように、「信心決定した世界=ユートピア」と表現している箇所が、
あったでしょうか?

私の言いたかったのは、「親鸞会の講師部員や幹部会員で、信心決定したと喜びを語って
いる人に、10年以上活動しても出会った事がなかった。それならば、信心決定という体験
があるのだとしても、親鸞会でそれが出来るのか、はなはだ疑問だ」と言っているのですよ。

そして、親鸞会にいても信心決定出来ないだろうと、内心そのように思いながら求道を
続けている人は少なくないように思います。そのような人たちを、「まるで理想郷を
追い求め、夢見る人たちのように思った」と表現したのです。

誤解を与えていたのなら申し訳ありませんが、そういう意味ですよ。
以下は、「なぜ私は親鸞会をやめたのか」の中の文章ですが、

> これはあくまで例えですが、親鸞会の会員の人たちは、人間の願望である「不老不死の
> 薬」を求めて、永遠に旅する人たちのようにも感じます。
>(もちろん、信心決定=不老不死ではありません)
>
> 手塚治虫の漫画『火の鳥』にも、そのような人間の願望が、描かれています。親鸞会の
> 会員の人たちをみていると、どこまでも、どこまでも、見つかる可能性の分からない、
> そんな理想を求めて夢見る人たちのように、感じました。

「信心決定=不老不死ではない」と書きましたが、「信心決定=ユートピアではない」
でもいいです。信心決定の体験自体を、「ありもしないもの」とは言っていませんよ。
「続・なぜやめたのか」で以下のように言っている通りです。

> 私は、「信心決定という体験があると思えない」「信心決定なんて、どうせ嘘っぱちだ」
> などと、言った覚えはありません。信心決定の体験自体を否定してはいません。
> 信心決定の体験はあるのだと、私は思っています。
>
> 私が言いたいのは「親鸞会で聴聞を続けて、信心決定できるのか」ということなのです。
> これは多くの会員の人が抱えている疑問です。私の周りにもたくさんいましたし、私が
> 幹部として活動していた時にも、このような質問をしてきた人が数多くいました。
>
> だからこそ、親鸞会の講師部員や幹部会員の中で、信心決定している人がいたら教えて
> ほしい、そして私だけでなく、同じ気持ちを抱いている人たちの疑問を晴らしてほしい
> と言っているのです。
>
私は最初からこのように思って、「なぜ」も「続・なぜ」も書いてきました。
あなたは、「手のひらを返すような豹変ぶり」と言われ、私が考えを変えたかのように
受け止めておられましたが(笑)

信心決定に対するこの思いは、まったく変わっていませんよ。
ただ、私はあなた方と違って、文章を書く専門家ではないので、分かりにくい部分や、
誤解を生じかねない表現はあったのかもしれません。

しかし、私の文章を読んでメールを下さる人の中には、「信心決定の体験がないだなんて
どこにも書いていないのに、なぜ、『読んで』の管理人はあんなトンチンカンなこと言って
いるのでしょうね」と言われる人はかなりありました。ですから、私も読んだ人の多くは
私の意見を正しく理解して下さっているのだな、と思いましたよ。


> こちらのサイトは11月にはすでに公開しています。10年幹部として聴聞されたと
> いうのですから、親鸞聖人や蓮如上人のお言葉は、すぐに理解できるはずだと思います
> が、どうでしょうか?
>
> 「忙しいから」ではなくて、本当は「答えられない」ということでしょうか。
>
いえ、そうではありません。
あなたも5ヶ月して、答えてくださったじゃないですか。
あれは「相互リンクできない」のではなく、「相互リンクはできるが、時間がかかった」
ということではないのですか?


> (3)(4)(5)にしてもそうです。
>
> 貴方自身のことをお尋ねしているのですから、答える気さえあれば、すぐにでも
> 答えられるものばかりです。事実、「時間がない」といいながら、いい訳を書く
>「時間は十分ある」ようですから。

失礼ですが、あなた方はこの作業が仕事の一つなのかもしれませんが、あなた方と違い、
私は親鸞会のことを考えている時間だけではないのですよ。
仕事もありますし、家庭もありますし、そのほかにもしなければならないことが、
特に最近、たくさんできたのです。それだけはよく分かって頂きたいと思います。

ですから、たしかに時間はかかっていますが、こうして返信しているではありませんか。
5ヶ月近く、だまり続けてきたあなた方と比べれば、評価されるべきことだと思います。
別に評価してもらわなくてもいいですけど(笑)。

とにかく、時間を下さい、もう少し待って下さい、と言っているのです。
今のあなたと同じような気持ちで、私もあなたからの返事をまっていたのですよ。
分かりますか?

もし、何かの掲示板で、「返答がないから、答えられないということですね(笑)」
などと、一方的に勝利宣言されたら、人によっては、「私は、お前らみたいに、一日中
掲示板にはりついている暇人ではないのだよ(笑)」と言いたくなるでしょう。

あなた方はずいぶん、あわてておられるようですが、何か切羽詰ったものでも
あるのでしょうか?何度も言いますが、少しずつでも返答しますので、もう少し、
待って下さいね。


> 私も多忙きわまる中、こうして貴方の疑問に、一つ一つ答えてきたのです。

そうでしたか。お忙しい中、ありがとうございました。


> 「時間はかかる」と言われますが、決して時間がかかる質問ではありませんよ。私なら
> 全部で5分もあれば十分です。

5ヶ月もの間、私の相互リンクの提案を無視した方の言葉とはとても思えませんし、22個もの質問に
5分で答えられる人がこの世にいるのか疑問ですが、心して受け止めさせて頂きます(笑)


> >あと、最近作った以下の新たなコンテンツに「事実と違う」といった反論や、
> >あなたのご意見があれば、何でも教えて下さい。
> >
> >親鸞会は本当に変わるのか
>
> あまりにも不誠実な内容ですね。
>
> たとえば、「いるようです」「あるようです」「いるようです」「いたそうです」
>「いたようです」などと、5回も伝聞、憶測を並べた挙句に、突如、太い文字で、
> 「これらの事実からも分かるように」などと平気で書く神経。
> これでは、とても信用できません。
> いかがわしい文章だと言われても、仕方のないことではありませんか?
>
申し訳ありませんが、どの部分のことを言っておられるのでしょうか?
私たちは十分、根拠をつかんで文章を書いています。しかし、あなたの意見を聞いて、
検討したいとも思いますので、できれば具体的に教えて下さい。


> >学友部の衰退は、親鸞会の言う通り、まぎれもなく、自因自果だと思います。
>
> 親鸞会が、いつそんなことを言ったのでしょう。

「親鸞会のいう通り」とは、「まいた種は必ずまいた本人に返ってくるものだ
(自因自果)」という部分を指して言っているのです。
親鸞会が総力をあげてテコ入れしなければならないほど、学友部が衰退している原因は、
外からの批判でもなければ、学生気質が変化しているからでもなく、まぎれもなく、
親鸞会のまいた種が、あなた方に返ってきている(自因自果)と言いたかっただけですよ。


> そもそも、「反証不能の因果の道理が、なぜいつでもどこでも成り立つ真理なのか」
> などと頓珍漢な非難をしている貴方です。「まぎれもなく、自因自果だと思います」と、
> なぜ言い切れるのでしょう。

学友部衰退の理由を考えると、親鸞会が今まで周囲の批判を無視して、自分たちの
都合だけを考え、横車を押し通してきたことに起因すると思ったから、「自因自果」だと
言ったまでです。親鸞会のまいた悪い種が、親鸞会に悪果となってかえってきているので、
「自因自果」だと言っているのですよ。

それとも、あなたは親鸞会学友部が衰退している原因はどんなところにあると思いますか?
ああ、学友部のことは知らないから、答えられなかったのでしたね。

>
> また、「退会された人は犠牲者か」云々の件ですが、私は、本当の親鸞聖人の教えに
> 触れた人なら、犠牲者など一人もいないと思っています。
> なぜなら、親鸞聖人の教えは、「一実円満の真教」だからです。
> この世にたった一つの、真実の教えだからです。

最新の顕正新聞の論説の内容ですね。あなたがたは、顕正新聞の発行に携わっている
方々でしょうか(笑)
ちなみに、統一教会の人も、創価学会の人も、エホバの証人の人たちも、自分たちの
教えが真実の教えと言っていますけどね。


>「自分は犠牲者だ」と思っておられる人が、もしあるとすれば(貴方もその一人で
> しょうが)、その大変な誤解を解くためにも、私のサイトをよくよく読んでいただき
> たいと願っています。
> そしてこれからも仏縁を大切にされ、親鸞聖人の教えを聞き求めていただきたいと、
> 切に念じています。

そうですね、そのお気持ちはよく分かりますよ。
ただ、「自分は犠牲者だ」と思っておられる人の誤解を解くために書かれた文章なら、
あのサイトの言葉遣いなどは、もう少し考えたほうがいいかと思いますよ。
あなたのサイトの人を見下すような書き方に、「大変不快感を覚えた」というメールや、
感想を沢山頂いています。現役の学友部幹部の人からもそのような感想をもらって
いますよ。しかし、たぶん自分たちにはそれがどの部分をさしていわれているのか、
おそらく分からないのでしょうね。分からないから書けたのでしょう。

ご縁を遠のけた人たちに対して、「これからも仏縁を大切にされ、親鸞聖人の教えを聞き求めて
頂きたいと切に念じています」と言われるあなた方のお気持ちは、私もよく分かります。
私も親鸞会の幹部であった頃、そのようなことばかり思っていましたから。

ですから、残念ながらやめたしまった人たちとも、私はできるだけ縁をもつようにしていました。
しかし、親鸞会の幹部の人たちは、相手が退会したが最後、もう縁をもとうとしないことが
多いように思います。現役の会員でさえも、大事な連絡がこないこともありますし。

なぜ、やめた人の仏縁を切に念じているのなら、仏縁を念じての行動に出られないのかが
よく分かりません。口で言っていることと、体でやっていることが、どうもチグハグな
気がしてならないです。


> 貴方は、そんな本願寺の僧侶と手を組んで、まじめな親鸞会会員に親鸞会をやめるよう
> にそそのかしているではありませんか。

申し訳ありませんが、なんのことでしょうか(笑)
いつ、私が「本願寺の僧侶と手を組んで、会員をやめるようにそそのかし」ましたか?
お言葉ですが、あなたは私のことを、誰かと勘違いされていませんか?
私のことを、あなたの心の中にいるある人だと思い込んでおられませんか?


> また貴方自身が、そんな本願寺末寺の身内ではありませんか。

私が「本願寺末寺の身内」なのですか?
何をさして、私のことを「本願寺末寺の身内」と言われているのか、
まったく分かりません(笑)
私の家族には、本願寺末寺の身内など、一人もいませんよ(笑)

何度も言って申し訳ありませんが、私のことを誰かと勘違いされていませんか?


まあ、私は本願寺の末寺の身内でも何でもありませんが、もし、本願寺末寺の
身内の人は全員、「本願寺関係者」であるのなら、親鸞会の会員さんの中にも、
「本願寺関係者」は沢山いるでしょうね。講師部にも幹部にも沢山いるのでは、
ないでしょうか?親鸞会はトップから末端まで本願寺の関係者であふれていますね。

何度もいいますが、私には「本願寺末寺の身内」など一人もいません。
誰ですか?あなたの言われる私の身内って?
父ですか母ですか?兄妹でしょうか?
いきなり断言されて、驚いているのですが、是非教えて下さい(笑)


> ところが貴方は、その「本願寺なぜ答えぬ」の内容を非難している。貴方のサイト
>「親鸞会は本当に本願寺に勝ったのか」ですが、内容は、「ひどい」の一語。
> だれも相手にしないのも、当然でしょう。

「親鸞会は本当に本願寺に勝ったのか」は私のサイトではありませんよ(笑)
どうも、あなた方は何か勘違いされていないでしょうか?

では、質問にお答えします。

> (1)「信心決定はユートピア」と述べておられましたので、親鸞聖人や蓮如上人の
> お言葉で、「信心決定という体験は間違いなくある」と明らかにいたしました。
> お分かりになりましたか?

これは、先ほどお答えしました。


> (2)「親鸞会の教義」と何度も繰返されますが、「親鸞会で教えられていること」
> と「親鸞聖人の教え」とは、どこか違いが有るのですか?

これも、前に送ったメールでお話ししたと思います。


> (3)「反証不能な因果の道理が、なぜ真理といえるか」というナンセンスな質問を
> 繰返していますが、貴方は「反証可能なものでなければ、真理ではない」と思って
> おられるのですか?

私が言いたかったのは、「親鸞会の説く因果の道理が、なぜ大宇宙の真理だと言えるのか?
そんな明確な根拠などないのでは?」ということです。
「反証可能なものでなければ、真理ではない」とは言いませんが、私が言いたかったのは
「『親鸞会の説く因果の道理が大宇宙の真理だ』との思いは、宗教的信念により、
信じているに過ぎないものだ」ということです。

ちなみにあなたは、「親鸞会の説く因果の道理は大宇宙の真理である」と思って
おられるのですよね?学友部はじめ、親鸞会が多くの批判にさらされるのも、
批判をする人は縁であって、あくまでその原因は親鸞会にある、ということに
そろそろお気付きになりましたか?
これから、おそらくもっと多くの批判にさらされるかと思います。

しかし、逆にこれの事態は、親鸞会にとっては、姿勢を正すチャンスだと、
私は思っています。何度も言っていますが、私は親鸞会にはやくつぶれてほしい、
などとは思っていません。親鸞会の問題ある部分を正して、親鸞会の活動のために
苦しむ人を一人でも少なく、そして、親鸞会に出会って本当によかった、という人を
一人でも多くしたいのです。

あなたがたをはじめ、親鸞会幹部の皆さんも、目を内側にみけるべき時がきたのだと
思います。


> (4)科学的な真理のすべては「反証可能な仮説である」ということは、少しでも
> 科学を勉強した人にとっては常識ですが、貴方はご存知ですか?

知っていますよ。
『99.9%は仮説』(竹内薫・著)という本に書いてありました。
あなたも読まれたそうですが、いかがでしたか?


> (5)「因果の道理は錯誤相関」と述べておられますが、因果の道理を根幹として
> 説かれた仏説を、貴方は否定するのですか?

「親鸞会の説く因果の道理が真実であると思い込む過程」を「錯誤相関」と言ったのです。
私が「因果の道理は間違っている」と、因果の道理を否定したでしょうか?
「親鸞会の説く因果の道理が大宇宙の真理だと、なぜ言えるのかが分からない」と
言っているのです。


> (6)キリスト教社会では、生まれた子供に親が洗礼を受けさせ、教会に通わせ、神の
> 存在、善悪の価値判断、歴史の目的、罪の起源と贖罪等、これらを宗教とも言わずに
> 教え込み、信じるか信じないかの判断力さえない子供に信じ込ませています。
> 彼らは、天地創造や原罪、処女降誕、キリストの昇天や復活など、およそ今日の科学と
> 相容れない教義を、自然科学的法則や歴史的事実のように語り、クリスチャンは普遍的
> 真理として受け入れています。だから、その後自らの力で、教え込まれた知識体系に
> 客観的に反駁することができないのです。

親鸞会の会員さんも、自分の子供さんに一生懸命仏法わかって欲しいと思って、話を
しますよね。私はこれが悪い事だと、一言もサイトで書いた覚えはありません。

私はキリスト教を信じる気は毛頭ありませんが、自分が素晴らしい教えに出会ったから、
その教えを子供に伝えたい、と思うのでしょう。親がそう思うのなら、親の権限でそのように
子供に伝えれば良いのではないかと思います。と言いますか、「やめろ」と言っても、
親は「素晴らしい教えだ」と思っているのですから、やめることはできないでしょう。


> このことは、ユダヤ教でも、イスラム教でも同様です。
> 死んだら天国、神の国へいけると狂信して、自爆テロまでするものが、後を絶ちません。
> 「青春を返せ」どころか、「人生を返せ」ではありませんか。

イスラム教のすべてが自爆テロをする訳ではないと思いますよ。
私はイスラム教のことは詳しく知りませんが、おそらく、自爆テロ行為などを行っているのは、
一部の急進的な原理主義者ではないでしょうか?イスラム教を信仰している人が、
みな自爆テロを行うのではないと思いますよ。あのような行為をなげいているイスラム教の信者の
方々も沢山おられるように思うのですが。
もちろん、自爆テロなどの行為は、絶対に許されないことだと、私は思っていますよ。


> さて、これは内心の自由に不当な影響力を行使する、許されない行為では
> ないでしょうか。
> あなたの論法からすれば、これらの社会は、巨大なマインドコントロールをしている
> ことになるのではないでしょうか。

私のどの論法からすれば、こういう結論になるのですか?
あまりにも論理が飛躍しているように思いますので、主張を展開したいのなら、
そのあたりを詳しく教えて下さい。よろしくお願いします。


> (7) 作家の五木寛之氏は、「人生の目的」という本の「あとがきにかえて」 の中で、
>「悟り、来世、浄土、輪廻」などは物語だと書いています。
> この五木氏を、何と本願寺は賞讃しています。淨土を物語として「死んだらお助け」
> と説いているという点で、同じ程度と言うことでしょう。
> しかし、いかに共感して信じようとも、それが単なる物語であれば、やはりそれは、
> 現実の苦しみから逃避するごまかしにすぎません。
> いかに、死後の華降るお浄土を夢見ていようと、神の国を思い描いていようと、死ぬ
> ときには、「しまった。浄土も天国も御伽噺だった。神も仏も存在しなかった。
> 思い込んでいただけだった」と言うことになるでしょう。
> マルクスは、こんな宗教を「大衆の阿片である」といい、レーニンは、「毒酒」と
> 言ったのです。この世の救いを説かぬ本願寺の教えは、まさに、阿片であり、毒酒と
> いわれてもしかたありません。

> (8)後生の一大事は自明のこと、と言いながら、まったくそれを説かず、また解決の
> 一本道である「一向専念無量寿仏」も教えない本願寺が、もはや救いがたいほど腐敗
> 堕落の極に達していることは、貴方も認められているとおりです。これまで、本願寺の
> 多くの御門徒が、だまされてきた被害者であることを、貴方はどう思われますか。
>
> また、その本願寺被害者を何とか救おうとして、日夜、親鸞聖人の教えをお伝えして
> いる親鸞会の活動を、貴方は阻害しているのですが、その自分の行為が、本当に
>「人助け」だと思いますか。

本願寺に言いたい事があるのならば、どうぞ本願寺に行ってお話をして下さい。
手紙を書いても良いし、昔のようにはちまき締めて座り込みにいっても良いし、
それでも足りなかったら、「本願寺なぜ答えぬパート2!読んで管理人編」でも、
出されてはいかがでしょうか?

さて、「本願寺の多くの御門徒が、だまされてきた被害者」であるかどうかは、
私にはよく分かりません。浄土真宗の「教え」を聞きたいと思って、本願寺の門徒になったのに、
教えを聞かせてもらえないのなら、被害者だというのはよく分かりますが。

ある人たちが「被害者」か「被害者でないか」は難しい問題ではないでしょうか?

あと、本願寺のことをあまり私に聞かれても、おそらく詳しいことは、
何も答えられないですよ。
なぜなら、私は本願寺末寺の身内もいませんし、本願寺関係者でもないのですから(笑)


> (9)貴方のサイトを見た、何人もの退会した方から、「私は、あんな恩知らずに
> なりたくない」とか「親鸞聖人の教えは、今でも信じています。あんな卑劣な人間と
> 一緒にしないでください」というメールを数多くいただいています。貴方は、これを
> どう思いますか。
> つまり、貴方は、いろいろな事情で退会された方々の気持ちまで踏みにじり、傷つけ、
> 新たな被害者を生み出していることになるのですが、このことを人間としてどう思われ
> ますか?

もし、そのように思われた方が本当におられるのなら、私としても大変に心苦しい事です。
それらの方々がどのような事を感じ、どのように仰っておられたのか、是非そのメールを
公開して頂けませんか?私たちが「反響集」で公開しているように。


> (10)この世でハッキリ救われるという「平生業成」の教えが、親鸞聖人の教え
> 以外にありましたか?
> お得意のネットで調べてみて、結果はどうでしたか?
> 人生の目的が、親鸞聖人の教え以外に見つかりましたか?

すみませんが、私は別にネットは得意ではないですよ。
何度も言うようで申し訳ありませんが、あなた方は私のことを誰かと
勘違いされていませんか?

ただ、親鸞聖人の「平生業成の教え(この世でハッキリ救われる教え)」を
親鸞会で聴聞を続けることによって、体得できるのかは、今でも甚だ疑問です。
あなたはもう体得できましたか?親鸞会で何十年聴聞されている方でしょうか?


> (11)『顕正新聞』には、大学生の子供から仏法を聞いた両親の喜びの声が、
> しばしば掲載されています。「親には言うな」というような指導が本当になされて
> いるのなら、こんな事実はどうなるのでしょう。
> また、祖父母や親戚、友人と一緒に聞法、という話もよく聞きます。
>「ご恩のある人、大切な人に、仏法を伝えよう」という気持ちの表れではないで
> しょうか。
> 事実、一人の大学生から親へ、祖父母へ、お世話になった人たちへと、どんどん法の
> 輪がひろがっている事例が、いくつも報じられています。
>
> 「マニュアルどおりのことが組織的体系的に行われている」という貴方の主張と、
> まったく反しているこれらの事実を、貴方はご存知なのですか?

まず、子どもから親へ親鸞会の教えが伝えられている事実は私も知っています。
ただ、親対策といった行為が親鸞会幹部の作成したマニュアルに書かれていることも
事実です。「親鸞会必殺育成法」の最初のページにも書かれているように、
児玉氏、針谷氏、伊藤氏が関わって作成されたものです。
あなた方なら、それらの方にすぐにでも連絡がとれるでしょうから、本人に直接、
お尋ねになってはいかがでしょうか?

あと、大学生から親御さんに、どんどん法の輪が広がっている事例が、いくつも報じられ
ている」と言われますが、数多くいる学生会員の中で、どの程度の学生会員の親御さんが
聞いておられるのか、その割合を教えて頂けませんか?

ほんのわずかな例外を、まるで大多数おられるように言われては、誤解を生じますので。
児玉氏に聞けば、現役学友部員の数と、その中で親御さんが親鸞会の話を聞いておられる数が
分かりますので、比率が分かると思います。できれば具体的な数値を示して頂けると、信憑性が
高まるのですが、その比率でもいいですよ。


また、子供が親鸞会で聞いているからと、心配のあまり親鸞会に自らも聞きにいき、
そして自分も親鸞会で聴聞をし、入会された。でも、やっぱりこの団体はおかしいと
感じられて、相談に見えた方も一人や二人ではありませんよ。

ですから過去には子供さんがやめられるのと一緒に、子供さんと一緒に聞いていた
家族の方も全員がやめられるというケースもあったように思います。

そして、もちろん自分の子供が問題のある団体に入って、人が変わったようになって
しまったと、大変に苦しみ、心配なさっている親御さんは本当に数多くおられます。
貴方はご存知ありませんか?


> (12)「引き離し」「兼部カット」なども、仮にこれが事実としても「巧みな情報
> 操作」などという大げさなものでしょうか。熱心なサークルなら、どこでも「兼部する
> な」と言うし、それがいやなら、やめればいいだけの話です。「引き離し」など、
> みんなケータイのメール交換をして自由に連絡を取り合っている時代に、できるわけ
> がありません。
>
> それでも貴方は、「親鸞会ではマニュアルどおりのことが行われている」と強弁する
> つもりですか?

まず、そんな大げさなものでないのならば、あのマニュアルを公開することに、全く
異論はないと思いますが、いかがでしょうか?何しろ、熱心なサークルなら、どこでも
この程度の事はあるのですよね?

しかし、実際に親鸞会の弘宣部長である渡部氏から、
「著作権侵害であるから、削除せよ」との要請が来ています。
これは、なぜなのでしょうか。あなたはどう思われますか?

それとも、「あれらのマニュアルは親鸞会で作られたものではない」と主張されたいの
でしょうか?


> (13)あたかも仏説の全てを、「人間の智恵で、全て理解できる」と誤解を与えかね
> ない表現を使っている、とのことですが、そんな誤解をするのは、貴方くらいでは
> ないですか。
>「絶対の世界が、相対の人間の智恵で完全に理解できるはずがない」というのは、
> 大学生程度の知性があれば、普通は常識です。また、そのように何度も言われたはず
> です。
>
> 親鸞聖人も、弥陀の誓願を「難思の弘誓」「超世の悲願」「弥陀の誓願不思議」と
> 言われ、救われた絶対の境地を「不可称不可説不可思議の信楽」と喜んでおられる
> とおりです。
>
> 「仏説のすべてを、人間の智恵で理解できる」などとは、普通、誰も思いもしませんが、
> 貴方は思われたのですか?

いえ、「仏説のすべてを、人間の知恵で理解できる、と誤解を与えかねない表現を使っている」
というのは、私たちのサイトを読んでメールを下さった現役学友部幹部の方からが
言われた表現です。以下に示したものですよ。
ちなみに、この方はある大きな大学の部長もつとめた学生さんで、勧誘の時には前で見本を
見せるような指導的立場にいる人です。

なぜ私は親鸞会をやめたのか 反響集
/response/toko4.html

1.「聞けば必ず納得できる」という言い方について

まず、「聞けば必ず納得できる教え」という表現は、正確に言えば「親鸞聖人の教えを
聞けば、必ず救われる教え」だとか「真実の仏教を聞けば必ずまことだったとハッキリ
知らされる教え」だという意味で使っています。しかし、そのことを理解せずに使って
いるとしたら問題だと思います。

ただし、このような言い方は「仏説のすべてを人間の智恵で理解できるかのような誤解」を
与えかねないので、個人的には別のもっといい表現はないかと考えています。

私は、親鸞会のサークルに入る時に、「このサークルの話は聞けば必ず理解出来る、
聞けば必ず納得のゆく話、納得のゆかない話は一つもないから」と聞きましたし、
今でもそのように言われているという事実は、現役学友部の方々の証言によって、
すでに確認できています。

「うちのサークルで話をするのは仏説ですから、人間の知恵では理解出来ません。なにしろ、
絶対の世界ですから」と説明するのなら、誤解が生じることもなく分かりやすいでしょうが。


>(14)貴方が展開しているような、「マインドコントロール論による入信の説明」を、
> 専門家は不毛と断じ、「宗教社会学の議論からは認めることができない」と批判して
> いますが、それでも貴方は、「親鸞会はマインドコントロールしている」と言い張る
> のでしょうか。

専門家とは、北海道大学の櫻井教授のことでしょうか?
以前、統一教会という団体があなたとほとんど同じ事を言って、同じように櫻井教授の
意見を使って、「マインドコントロール理論は不毛である」と、青春を返せ裁判のときに
反論を行いました。

その事を櫻井教授は、「自分の言った事が理解されておらず、大変に心外な事であった」と、
事ある毎に言われています。そして、「特に宗教団体である事をかくして勧誘する
事は、大変問題がある」と、論文や講演で幾度も主張されていますよ。

もし、よろしけれ櫻井教授にメールでも送って、「自分たちの団体は宗教団体ではなく、
哲学のサークルだと言って勧誘しているけど、問題ありませんか?マインドコントロール理論は
不毛ですから。」と聞いてみられては、いかがでしょうか。

こうした誤解や拡大解釈が生じないように、静岡県立大学の西田公昭助教授は、「破壊的
カルトのマインドコントロール」とあえて定義し、その事例を事細かに説明しています。
私はそうした「破壊的カルト」の事例と親鸞会の勧誘が似ていると指摘している訳ですが、
その類似性については全く反論出来ないようですね。


> (15)親鸞会のように、過去50年間、反社会的な問題がまったくなく、地域の
> 皆さんとも良好な関係を保ち、学生たちにしても、「酒もタバコもやらず、ギャンブル
> や乱れた異性関係などもない、親鸞聖人の教えを学ぶ、まじめな集り」に対して、
> 「マインドコントロール」などという言葉自体が、そもそも不適切と思われますが、
> どうでしょうか。

統一教会やエホバの証人の学生も、酒やタバコをやっていないそうですが、それとマインド
コントロールと何か関係があるのでしょうか?
また、乱れた異性関係がないと主張していますが、本当にそうかどうか、一度あなた自身が、
自分の胸に手を当てて、じっくり考えてみられたら良いでしょう。

あと、親鸞会の歴史で反社会的な問題が全くないと言われていますが、各所の大学に
おいて、宗教団体を隠した強引な勧誘が問題になり、公認を取り消された所もあります。
これは反社会的な問題の範疇に入らないのでしょうか?

また、地元の人の信頼を得ていると言われますが、果たしてそうでしょうか。
私は親鸞会本部のある小杉町の家を回った事があるのですが、親鸞会に対して不快感を
示される方が沢山おられたのに驚きました。まさか、正本堂に見学に来た人が喜んで
帰ったから、というのが「地元の人の信頼を得ている」という根拠じゃありませんよね。
いかがでしょうか?


> (16)「整理整頓」「お世話になっている人に感謝しよう」「時間を守ろう」
>「あいさつしよう」などなど、人間として当たり前のことが、親鸞会ではいつも
> 勧められています。
> 因果の道理に基づいて、このような善をすすめることが、マインドコントロールに
> なるのでしょうか。

私がいつ、そんなことがマインドコントロールだと書いたでしょうか?
誤解があるかもしれませんから、教えて下さい。お願いします。
ちなみに、私も整理整頓、感謝の気持ちをもつこと、時間を守ることには、
心がけています。あなたからすれば、「お前は親鸞会に感謝などしていない。
恩をアダで返している」とでも、言われそうですが。
別に私は親鸞会と喧嘩をしようとか、親鸞会をつぶそうとか、そんなことを
思っているのではありません。そのあたりを、よく理解して頂きたいと思います。


> (17)人生の目的・信心決定に向かって、親鸞聖人の教えの根基「三願転入」を
> 説ききる親鸞会を、「マインドコントロールだ」などと、貴方は本当に思っているの
> ですか?

私がいつ、「三願転入を説く親鸞会はマインドコントロールだ」と言ったでしょうか?


> 最も大切な部分を隠して、誤解を与える事柄だけを、針小棒大にことさら取り上げる
> 論法は、まさに非難のための非難です。

サイトの趣旨と全く関係のない本願寺の非難をことさら取り上げるのも、
まさに非難のための非難だと、私は思いますが、いかがでしょうか。


> (18)親鸞会では、「仏」の説明で、仏法でいう真理は、「科学的真理でもなければ、
> 数学的真理でもない」と、必ず説明されます。つまり、自然科学的な法則とは違う、
> ということですが、10年も聞いたというのが本当なら、こんな初歩的なことも、
> 貴方は本当に知らなかったのですか?

私がいつ、「仏法でいう真理は、自然科学的な法則と同じ、と言ったでしょうか?


> (19)釈尊45年間の教えを、一度に新入生に伝え、理解してもらえる方法など
> あるのでしょうか。「小出しにして、いつのまにか本人の意志で納得して選んだ形を
> とる」のがいけないとするなら、およそ、人間同士の交渉は、すべて成り立たないと
> 思われますが、いかがでしょうか。

確認ですが、あなたは「だから、宗教団体だという事を隠して勧誘しても許される」
という事を言われたいのでしょうか?
ちなみに、同じ事を、昔、オウム真理教の上佑ゆうがテレビで言っていたような気が
します。


> こんな悪意に基づく無意味な非難が、貴方の場合、多すぎるのではありませんか。

「悪意に基づく無意味な非難」かどうかは、読者の方々が判断される事であり、
貴方が判断される事ではないように思いますよ。

悪意があるかないかなど、非常に主観的なものであり、分からないのでは
ないでしょうか?私はそんな「悪意をこめて非難している」つもりはありません。
ちなみに私から見れば、あなた方の文章の中に「悪意」や「いやらしいもの」を
感じる部分があります。立場をかえれば、受け止め方や見方もかわるように思いますよ。


>(20)結局、貴方の批判は「マインドコントロールとは何か」という本に書かれて
> いることに、事実かどうかも分からないようなことを、ただあてはめて、「だから
> マインドコントロールだ」と言っているにすぎません。
>
> こんな論法なら、どんな団体でもマインドコントロールしていることにできるのでは
> ないでしょうか。

事実かどうかも分からないこととは、どの部分をさしておっしゃっているのでしょうか?
よく分かりませんので、具体的にご指摘下さい。

あなたの言われるように、「どんな団体でもマインドコントロールしていることに
できる」のなら、なぜ、とりわけ親鸞会の活動が、各地で問題視され、マインド
コントロールだと指摘する人が絶えないのでしょうか?


私のサイトを読んで頂けましたか?このように書いているのですが。

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私たちは、「親鸞会がマインドコントロールを行っているのか、いないのか」ということ
に、ただ結論を下したいのではありません。私たちが「親鸞会はマインドコントロールを
行っているのではないか」という問題提起をしたのは、親鸞会の活動により、辛く苦しい
思いをしてきた人、そして今も苦しい思いをしている人が実際におられるからです。
--------------------------------------------------------------------------------


> (21)親鸞聖人の教えを学び、光に向かって人生を生きていくのなら、私は、
> 素晴らしいことだと思います。
> 貴方は、学生時代に仏縁を結び、社会に出て、いろいろな事情で仏縁が遠ざかった方に
> 対して、「マインドコントロールされていた、親鸞会の犠牲者だ」と思っているの
> ですか?
> そんな勝手な決めつけは、それらの方々に対して失礼であり、傷つける心無い言葉
> ではないでしょうか?

申し訳ありませんが…、いつ私が「学生時代に仏縁を結び、社会に出て、いろいろな
事情で仏縁が遠ざかった方のことを『マインドコントロールされていた親鸞会の犠牲者だ』
などと決めつけましたか?私のサイトをもう少しよくお読み下さい。
おそらく、偏った感情をもって読まれているので、そのような誤解が多々生じているの
だと思います。

私は退会した人全てのことを、「親鸞会の犠牲者だ」などと言ってはいません。
実際に本人の口から「私は親鸞会の活動により苦しい思いをした」と
言われている人がおられ、それらの人については、「親鸞会の活動により被害を受けた
犠牲者ではないだろうか…」と思っているまでです。

親鸞会を退会しても、親鸞会に感謝し、人によっては再入会される人もいるでしょうよ。
あなたの方が、余程勝手な決めつけが多いように思いますが、いかがでしょうか?


> (22)もし、それらの方々が、世の無常や自己の罪悪を知らされたことで苦しんで
> おられるのだとしたら、それこそ、仏教の結論であり、親鸞聖人が命がけで開顕された
>「一向専念無量寿仏」を説ききるしか本当の救いはないと思われますが、
> いかがでしょうか。

あなたが言われたいことはよく分かります。もし、あなたが本当にそのように思われる
のであれば、親鸞会の活動によって辛く苦しい思いをする人が、今後なるべく出ない
ように、最大限の努力をして頂きたいと、切に願っています。

私のサイトの反響集には、そうした人たちの声が多数掲載されています。
聞いた話しですが、親鸞会のサイトの中には随分作り話があるそうですが、
私の反響集には、作り話は一つもありませんよ。すべてメールを下さった方と何度もやり取りをして、
掲載しているものばかりです。

それらの方々のお気持ちをよく汲み取られて、、自分たちの何が問題なのか、
何度も何度も話し合って、問題となるべき所は改善して下さい。
私が思いますに、親鸞会のみなさんは優秀な方が多いですから、心の方向転換をされて、
問題点を改善してゆかれれば、今以上に多くの方々に喜ばれる団体になるのではと思います。

私は決してあなた方と敵対し、親鸞会の邪魔をしようと思っているのではありません。
このように言っても、「嘘つけ!」とか、言い訳としか思われないのかもしれませんが、
これは私の正直な気持ちですので、何度でも申し上げます。

どうか、親鸞会を本当に多くの方々に喜ばれる団体にして頂きたいと思います。
あなた方なら、親鸞会の中でも相当の影響力をもっておられるでしょうから、
できるはずです。切に願っています。

最後になりますが、このメールをうつのに2時間以上かかりました。
あなたは5分で返信できるといわれましたが、うつのが遅いのか、かなりの
時間を要してしまいました。しかし、あなたが何度もメールを下さっているので、誠意をもって
返信したいとは思いましたし、あなたからのメールに対して、感じることを
できるだけ端的に表現したつもりです。書く必要があり、書きたいことであったから、
書かせて頂いたことばかりです。

5月に入りますが、ゴールデンウィークも出張に出かけますので、これから、
ますます時間がないと思います。しかし、できるだけ返信はしっかりしたいと
思っています。

お互い意味のあるやり取りを、今後も続けられたらと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
では、失礼いたします。

管理人

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