なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集の公開にあたって

 

2005年11月、私は「なぜ私は親鸞会をやめたのか」と題するサイトを公開しました。公開直後はそれほどでもなかったのですが、しばらくして親鸞会の講師部の方をはじめとして、現会員、元会員、学生会員のご両親といった方から、思いもしなかったほど多くのメールを頂くことになりました。

内容は「早期に愚かな間抜けなサイトを削除されることを希望します。」 「謗法の大罪を犯していますからね。浅知恵ではわからんかもしれませんが、それなりの覚悟をしておいてください。」といったものから、「サイトの運営、頑張って下さい。応援しております。」「このサイトを作成された勇気に、尊敬の念を抱いております。これからも頑張ってください。」といったものまで、多岐にわたっております。

中には子供さんが親鸞会で活動されていることに悩み、「あなた様からの助けをいただけたらと、わらをもすがる気持ちで書いています。」とメールを寄せてこられ、特急列車に乗って、見も知らない私に会いに来られたご夫妻もおられました。こうした方々を通じて、私も親鸞会の問題で悩んでいる方が、想像以上に沢山おられることを知りました。

この「反響集」では頂いた沢山のメールから、掲載の了承を頂けた方のみについて公開しています。今後も皆さんからのメールを順次掲載する予定です。

今後も皆さんからの感想、投稿をお待ちしております。なお、メールを頂いた方の情報については絶対に秘密を厳守し、如何なる事があっても他言することはありません。送信された方の同意無く掲載することもありませんので、ご安心下さい。

ご意見・ご感想はこちら

なぜ私は親鸞会をやめたのか|反響集

投稿文(1)
機関誌には高森先生の偉大さ・まばゆさをこれでもかという位賞賛する言葉が溢れており、他の情報に接することは夢にも思わなかったので、自分がまるで一人取り残されたように感じたものでした。

投稿文(2)
今後、親鸞会を、そして勧誘などの組織的活動を続けられるのも自由です。しかし、人生は一度しかありません。もう一度、限られた情報のなかで思考停止ばかりして自分と向き合うことから逃げてばかりおらず、棚上げしていた問題に対して、真正面からむき合ってみませんか?

投稿文(3)
そもそも、親鸞会の話を聞いて真実と思うか否かは全く主観的なものであって(言うまでもなく信前のこと)、誰もが認められることとは言えないので、「真実を伝えているのだから、どんな勧誘方法をとっても構わない」という学友部の主張は、その前提からしておかしいのです。

投稿文(4)
勧誘において仏教を聞いているという自分たちの立場を明確にしないことを改善したいと思っています。

投稿文(5)
姑息な手段を使わず、初めに親鸞会を名乗り、自分たちはこうこうこういう考えをもっており、このように行動しているとどうどうと宣言してほしい。そしてその考えに同調した人は正式な親鸞会のメンバーになればいいし、同調できなかった人は親鸞会をやめればよいと思います。

投稿文(6)
親鸞会に入ってその方たちが幸福なのであれば、それはそれでいいでしょう。しかし、私の目には誰も幸せそうには写りませんでした。必堕無間、必堕無間と叫びながら必死に救われようとしがみついている姿のようにしか見えませんでした。

投稿文(7)
今まで親鸞会で費やした時間は何だったんだと、無気力感に捕らわれる方もいらっしゃるかもしれません。無駄なことなど決してありません。親鸞会が真実ではなかったとしても、その全てが悪意に満ちているわけではありませんから。

投稿文(8) NEW
親鸞聖人の教えも法律も守らない団体が、親鸞聖人のお名前を看板としていることに、強い違和感を覚えてしまいました。

投稿文(9) NEW
私自身が学友部の活動によって仏教と出会い、また過去に活動に関わってきたことを考えると、このような意見を述べるのは胸中複雑な思いがあります。しかし、今の布教のやり方によって教えに対してまで不信を持つ人が多くいる現状を見るにつけ、こういう形であっても声をあげなければならないと思った次第です。

投稿文(10) NEW
親鸞会に入ってから今までの間で初めて「後生の一大事は確かにあり、親鸞会にいて助かるかどうかはともかくそれ以外では絶対に助からないから、親鸞会で仏法を聞くしかない」という考えが崩れました。

メールより(1)
私も納得できないことを棚上げしたまま、みんなと一緒にやる活動の雰囲気に酔っていたのだと思います。と言っても、酔い切れない部分があり、とても幹部にはなれませんでしたが・・

メールより(2)
親鸞会の教義が正しいとも間違っているともいえませんが、結局は「信じている」に他ならなかったということです。

メールより(3)
実は自分だって親鸞会が真実の団体だと確証出来るわけじゃないのに、どうしてこうも無批判に受け入れているのだろうかと思ったのです。

メールより(4)
わき出してくる疑問も、「まだまだ教えが分かっていないからだ」ということで、必死に押さえていたからと思います。

メールより(5)
「親鸞会の活動方針や、周りの人が悪いのではなく、自分が悪いのだから・・・」と、自分を責めている姿が、いとおしく、痛々しく、親としていたたまれなく思っております。

メールより(6)
1年間でいくら払いますという、誓約書みたいな御報謝(建立御報謝?)で、50,000円と書いたら、少ないと言われて、一気に冷めました。そして、覚めました。

メールより(7)
いまは会の反社会的な面を糾弾するというより、昔の仲間とまた会いたいなという懐かしい気持ちです。かつての仲間の大半はもう退会してると思うんですが、残念ながら再会はほぼ不可能でしょうね。

メールより(8)
親鸞会以外に生きる選択肢が見出せなければ、自らの疑念を押し殺してでも、わずかに残った「この教えこそが本物かも知れない」という可能性に向かって精進しようとするでしょう。

メールより(9)
『高森先生を無二の善知識と仰ぎ、ご教導に無条件に従い、親鸞学徒の模範として、次の項目を実践する会員を純会員という。』 入会した時にこの文を見ていたら逃げていたと思いますが、知らず知らずのうちに「それが正しいことなんだ」と思い込むようになっていったのだと思います。

メールより(10)
何も知らない新入生に嘘をついて勧誘することには反対です。だんだん小出しにする方法や、新入生同士を近づけないことや、サークルに縛り付けることなどを止めて頂きたいと思っています。

メールより(11)
会員の皆さんは、先生のおっしゃる一言一言を、とても敏感に感じます。私のように思っている者がいることも、知って頂ければと思い、このような意見を述べさせて頂きました。

メールより(12)
サイトを一読させていただきました。これを見て、今日親鸞会を辞めることを決意しました。本当にこのようなサイトを見ることができて、良かったと思います。

メールより(13)
両親に毎度毎度うそをついて富山まで行くのが悲しく、また申し訳ない気持ちでいっぱいでした。夜行バスに揺られている間何回涙を流したか数えられません。

メールより(14) NEW
「絶対解決、その道はここ一つ!」なんて言ってる宗教は、他にもいくらでもある。親鸞会は、そんな中の小さな一つに過ぎない。

メールより(15) NEW
「会に対する批判は許さない」という体質、唯一の真実といいながら除名という慈悲のかけらも感じられない処分…。会の独善的・独裁的な体質に気づき、不審は募っていきました。

『「なぜ私は親鸞会をやめたのか」を読んで』を製作された方へ
自分自身どうしても『「なぜ私は親鸞会をやめたのか」を読んで』を製作した方にたずねたいことがあり、2005年11月30日にメールを送りました。その全文を公開致します。

『「続・なぜ私は親鸞会をやめたのか」を読んで』を製作された方へ
反論サイトが出来ていました。それについての私の主張は後日掲載の予定ですが、執筆にあたって制作者に尋ねたいことがあり、2005年12月8日にメールを送りました。その全文を公開します。

『続・なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ その2
私が『「続・なぜ私は親鸞会をやめたのか」を読んで』を製作された方へ出したメールからの返信が届きました。不誠実な対応に失望しましたが、更にその方へ出した返信の全文を公開します。

『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 相互リンクなど
2006年4月6日に上記サイト管理人から頂いたメールへの返事です。ようやく相互リンクに応じて頂けましたが、こちらの質問には依然無視をしているので、この機会に再度質問をしています。

『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 2006/5/1
2006年4月27日に上記サイト管理人から頂いたメールへの返事です。沢山の質問を頂きましたので、それに御返事をさせて頂きました。

『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 2006/5/16
2006年5月6日に上記サイト管理人から頂いたメールへの返事です。「私の目的は果たせられた」とのことでしたが、重ねて疑問点を尋ねる事に致しました。

『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 2006/5/22 NEW
2006年5月20日に上記サイト管理人から頂いたメールへの返事です。当方からの疑問点については、都合の悪い部分は一切、答えてないように思いますので、再度質問することにしました。

『なぜ私は親鸞会をやめたのかを読んで』を製作された方へ 2006/6/2 NEW
2006年5月30日に上記サイト管理人から頂いたメールへの返事です。相変わらず当方からの質問には答えて頂けませんので、再度質問することにしました。その後、先方からの反論・返信は無くなりました。

現会員の方からの反響
現在親鸞会の会員である方から、どのようなメールが来ているか、かいつまんでお知らせ致します。

リンク

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続・なぜ私は親鸞会をやめたのか
なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロールについて
高森顕徹氏と親鸞会の問題(投稿文)
親鸞会は本当に本願寺に勝ったのか
明橋大二医師と親鸞会
さよなら親鸞会〜元会員から見た親鸞会のすがた

参考サイト

浄土真宗親鸞会について考えるページ ジャンヌ
浄土真宗親鸞会被害家族の会
浄土真宗親鸞会の謎

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