なぜ私は親鸞会をやめたのか

高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(2)

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大沼法竜著 「法界」 P381
三学を八聖道に合わして見ると
正語、正業、正命、の三は戒に当り、
正念、正定の二は定、
正見、正思の二は慧に当り、
正精進は戒、定、慧の三学に通ずるのである。

更に三学と六度との関係は
持戒は戒、禅定は定、智慧は慧、
精進は戒、定、慧の三に通じ、
布施と忍辱には相当するものはないが強いて当てれば
布施は慧に
忍辱は戒に治めてもよいと思う。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P8 上段
この三学を八正道に合わせると
戒に正語、正業、正命。
定には正念、正定。
慧には正見、正思惟がおさまり、
正精進は三学に通ずるものである。

更に三学と六度万行の関係をみれば、
戒には持戒、忍辱
定には禅定、
慧には布施、智慧
精進は戒定慧三学に通ずるものである。

大沼法竜著 「法界」 P69
第十九願を福徳蔵と言うは少善根福徳の因縁という文字から来るので、物柄は観経開説の定散二善、三福九品の諸善万行で善導はこれを雑行と言はれたのである。自力の根性が捨たらないから自分は修諸功徳し得るものと自惚れ、他力の念仏は甲斐なき者の修すべき行とさげすんでいるのである。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P54 中段
第十九願を福徳蔵というのは、少善根福徳の因縁という言葉から出ているが、その内容は『観無量寿経』に説かれている定散二善、三福九品の諸善万行のことである。善導大師はこれを雑行と名づけられた。真実の自己が判らず、自力の根性が捨たらないから自分は善根功徳が積めれると自惚れて、他力念仏なんぞは、弱い人間のやる行だとさげすんでいるが、

大沼法竜著 「法界」 P69
第二十願を功徳蔵と言うは不可思議功徳の功徳から来るもので、小経に不可以少善根福徳因縁と定散二善を嫌貶し、多善根多福徳の名号を開示しているけれども、極致に到達し得ない機類だから雑修の域を離るる事が出来ない。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P54 下段
第二十願を功徳蔵というのは、名号不思議の功徳からいわれたもので『阿弥陀経』には不可以少善根福徳因縁と定散二善を廃して、多善根多福徳の名号を説いて称名念仏を策励しているが、「これだけ称えているもの」「これだけ有難いもの」という自力の執心がとれないから雑修の域を離れ切れないものである。

大沼法竜著 「法界」 P69
第十八願を福智蔵と言うは仏智の不思議を聞信し、真実の智慧を諦得さして頂いて福と徳とを含摂する智慧なるが故に福智蔵と言う。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P55 中段
第十八願を福智蔵というは仏智の不思議を聞信する一念は仏智を諦得させて頂くが、その仏智は福と徳の真実の智慧であるから、福智蔵といわれるのである。

大沼法竜著 「法界」 P70
誘引し悲引するのは真実に誘導せんが為であって、行巻の結歎の文には「能く三有け縛の域を出で、能く二十五有の門と閉ず、能く真実報土を得しめ、能く邪正の道路を弁ず、能く愚痴海を竭して、能く願海に流入せしむ、一切智船に乗ぜしめて諸の群生海に浮ぶ、福智蔵を円満し、方便蔵を開顕せしむ」とあって、三願転入の深竟が発揮してある。

大沼法竜著 「法界」 P69
この三蔵も前の二は方便蔵で後の一つが真実蔵であって

高森顕徹著 「会報 第5集」 P55 中段
『教行信証』行巻に「能く三有け縛の城を出して、能く二十五有の門と閉ず。能く真実報土を得しめ、能く邪正の道路を弁じ、能く愚痴海を竭し、能く願海に流入せしむ、一切智の船に乗ぜしめ、諸々の群生海に浮び、福智蔵を円満し、方便蔵を開顕せしむ」と仰せられ方便蔵を廃捨しなければ、絶対に真実蔵には入れない廃立法門を説示なされている。

大沼法竜著 「法界」 P73
第十九願を要門と言う、門は出入の出来る処、通入する処である。八万の法蔵がこの要の門を通って他力不思議の境地に通入するのである。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P55 下段
要門とは十九願をいう。門は出入する処、通入する処という意味である。八万の法蔵はこの要の門を通って始めて他力不思議の境地に通入するのである。

大沼法竜著 「法界」 P53
私は今仏力不思議によって安養浄土を観見さして頂きましたが末代の悪人女人は何によってお浄土を見せて頂きますかの問いに、浄土を見ようとすれば心を静めなければならない、と十三の観念を説き、観念の出来ない者は善根を励みなさいと九品の往生を教えたまえる説法の微妙な巧説は阿難尊者さえも其の真意を得ない程の巧みさである。即ち十三の観念を説く真最中、第九の真身観に光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨と念仏が一寸頭角を顕わしているが、この念仏が称名念仏である事に気がつかないのである。(これを後に源信和尚が往生要集に引用されたのを、叡空上人が念仏衆生とは仏を念ずる衆生という意味で観念である
と説明したのを源空上人が御師匠様あの念仏衆生とあるは称名念仏ではありませんか。
いや観念だ、総相観〜(略)〜
源空上人を破門したのである。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P56上段
即ち、韋提希夫人が「我は今仏力不思議によって安養浄土を観見させて頂きましたが末代の悪人はどうしてお浄土を見せて頂けるのでございましょうか」と釈尊に尋ねた時「浄土を見ようとすれば心を静めなければならない」と仰有って十三の観念の方法を説かれたものが定善十三観である。その定善十三観の説法の真最中、第九の真身観に「光明遍照十方世界、念仏衆生摂取不捨」と念仏が説かれたが、この念仏が称名念仏とは誰も気がつかなかった。法然上人の師であった、叡空上人は観念の念仏としたのに対して法然上人は称名念仏とせられた。その法論が原因で法然上人は破門せられたといわれている。続いて釈尊は「しかし、観念の出来ない人は善根を励み
なさい」と仰って九品の往生を教えられたのが散善の説法である。

大沼法竜著 「法界」 P54
九品の中、上六品は根機に応じて諸善を説き、下三品に来て念仏が教えてあるが、これは廃観立称の素晴らしい説法の仕方である。

大沼法竜著 「法界」 P73
廃観立称して之を阿難に付属して真門に送る。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P56下段
そして九品の中、上六品は根機に応じて諸善を説き、下三品に来て始めて念仏を教え、最後に廃観立称して、これを阿難尊者に付属して真門に送られたのである。

大沼法竜著 「法界」 P73
第二十願を真門と言う、真実と言はず真門と言うは、広大無辺の真理の境地が有るからそこに遅滞せしめず、果遂せしめんが為に門の字を使用する。

定散二善の少善根福徳の因縁を以ては彼の国に生ぜずと嫌貶し、念仏を開示すれども定散の機執を浄尽することを得ないから若一日若七日と自力を策励し来迎を期するのである。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P56下段
真門というのは第二十願のことであるが、真実といわずに真門というのは、これから先に不可思議の絶対の境地があるのだから、そこまで遅滞させず、果遂させんが為に門の字を使用するのである。

「定散二善の少善根の福徳の因縁をもっては彼の国に生ることを得ず」と諸善万行を廃して念仏の大功徳を明示されて、若一日乃至若七日と自力念仏を策励し、来迎を誓われるのであるが、

大沼法竜著 「法界」 P67
 執持名号若一日乃至若七日一心不乱に固執したのが浄土宗となり、其人臨命終時に全力を注いだのが時宗となり、聞説阿弥陀仏を諦得したのが浄土真宗となったのである。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P57上段
執持して一日乃至七日一心不乱に念仏を策励して助かろうとしたのが浄土宗となり、命終の時に来迎を受けねば助からぬと、心の顛倒せぬように努力するのが時宗となったのである。

大沼法竜著 「法界」 P76より
第十九願の機類を邪定聚の菩薩と言う。
(略)
この機類は自分の能を知らず定散二善に堪え得る者と自惚れて修行しているから邪に定まる機と言うのだ。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P58上段
邪定聚の機というのは第十九願の人達をいう。これらの人達は自分の真価が判らないので定散二善、諸善万行をつとめられるものと自惚れて修行している人達であるから邪に定まる機というのである。

大沼法竜著 「法界」 P77
第十八願の機類を正定聚の菩薩を言う。三千世界の者は皆助かっても、私一人は助かる柄でなかったと、往生の望みの綱の切れた逆謗の屍が、誓願不思議に貫かれた一刹那、三千世界の者は皆堕ちても私が参らなければ親が泣くと言う大自覚を得た時を、信受本願前念命終即得往生後念即生と言うのである。

高森顕徹著 「会報 第5集」 P58下段
正定聚の機というのは第十八願の人達をいう。十方微塵世界の者はみな助かっても私一人は出離の縁あることなしと無間のドン底へ叩きおとされた悲泣悶絶の一念に若不生者の念力で行きかえり、弥陀の本願はわれ一人の為であった。われを離れて弥陀はなし弥陀をはなれてわれはなしの大自覚を獲た人をいうのである。これを『愚禿抄』に「本願を信受するは前念命終なり即ち正定聚の数に入る。即得往生は後念即生なり。即時に必定に入る、また必定の菩薩と名くるなり」と聖人は喝破なされている。

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 1.高森顕徹氏と伊藤康善氏の著書の類似点(1)
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 4.高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(1)
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 6.高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(3)
 7.高森顕徹氏と大沼法竜氏の著書の類似点(4)
 8.高森顕徹著『会報』に関する基礎知識

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