なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロール

問題の提示と解決への道

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無常観と罪悪観

勧誘者の話を聞く動機づけがターゲットの被勧誘者にできると、次に勧誘者は、個人のニーズに応じた明白な解決策や解答を提示する。そしてこれまで被勧誘者が、他人から入手して試みてきた方法や手段では、いくら試みても今後も解決し得ないことを強調する。つまり、勧誘者は被勧誘者の迷っている問題を理解し、右に行けばこうなる、左に行けばこうなる、などと明白に説明し、正しく歩むことのできる唯一の良い道が必然的にあるかのように説明するのである。

(『マインドコントロールとは何か』P155)

人は皆、幸せになりたいと願っています。大学に入学して間もない新入生も例外ではないでしょう。しかし、現実はそんなに甘くはありません。新入生が歩んできた、わずか18〜20年ほどの人生の中でも、受験戦争、友人関係のもつれ、失恋、家庭内の問題、病気や怪我など、様々なことで苦しい目にあい、自分の能力の限界が知らされ、いつも幸せを実感していると自信をもって言える人は、少ないのではないでしょうか。

親鸞会のサークルで部会を聞き続けることにより、新入生はこの世の解決困難な問題を突きつけられ、この世の無常観と、悪しか造れない人間観を提示され、「今後、どれだけ自分が努力をしても、今まで味わったような、いつか必ず色あせるような儚い幸せしか手にすることが出来ない。だから、このままでは、絶対に幸せにはなれない。果たして、このままでいいのだろうか・・・・」と思うようになります。

そこで、親鸞会では、「この世には、絶対に崩れることも色あせることもない『絶対の幸福』があり、それは親鸞聖人の御教えにだけ、説かれているのだ」と説明します。そして「親鸞聖人の御教えを正しく説かれているのは、現在、高森先生しかおられない。だから、絶対の幸福を得る為には、高森先生の御説法を聴聞しよう」と、言うのです。

新入生にとっては、講師部員や先輩があたかも自分が今まで悩んできたことを、全て知っているかのように明解に説明し、そして、その解決方法も与えてくれるので、「この人たちならきっと、私のこの悩みに対する回答を与えてくれるだろう」と思うのではないでしょうか。こうして、親鸞会の話しを聞こうという気持ちが出来上がります。 

「現代社会の悲惨な点だけに注目して、被勧誘者に集中的に提示する。現代社会の肯定的部分には一切、光を与えないのである。」     

(『マインドコントロールとは何か』P90)

親鸞会の講師部員や先輩たちは、「全ての人は死んでゆくときに、不安と後悔を残して死んでゆく」また「人は心でも口でも体でも悪しか造れない。まことの善など一つもしたことがない」と強調します。「だから、悪しか作れない人間が、死の問題の解決を後回しにして、他のことをしていても本当の幸せにはなれない。死ねば必ず地獄に堕ちるのだ」と訴えます。

そして、若くして白血病で亡くなった女性の映像や、脳卒中で倒れたビジネスマン、孤独に死んでいった億万長者、脳腫瘍で苦しんで亡くなった野球選手のドキュメンタリーなどを繰り返し新入生に見せます。
 
私は個人的には「死の問題について考えること」や、「自己の罪悪について目を向けること」は、関心のあることであり、大事なことだと思っています。しかし、その話し方が押し付けのようになったり、相手が嫌がることを執拗に繰り返すような行為となると、それによって大変嫌な思いをする人もあるのではないでしょうか。

もちろん、人生に不条理な面が無いとは言いませんが、それだけではないはずです。人生は素晴らしいと言っている人もいるのに、そうした肯定的部分を無視して、人生の不条理な面、負の面だけを集中的に徹底するのは、問題があるように思います。

親鸞会をやめた人の中で、「死に怯えて心が暗くなり、何もできなくなった」「いつも自分の罪悪に目をむけて、とても辛かった」「善いことをしても、自分には下心があるのでは、と罪悪感を感じていた」「自分も他人も好きになれなくなってしまった」といったことを感じる人も、一人や二人ではありません。

これらの人に対しても、親鸞会では「そのような受け止め方間違っている、誤解だ」などという言い分が用意されており、言いことは沢山あるかもしれませんが、このように苦しい思いをしている人たちが実際に少なからずおられる事実に目をむけて、そして、なぜこれらの人たちが苦しい思いをしなければならなくなったのか、少しは考えてほしいと思います。

問題の解決法を提示

何となく自分の人生に疑問を持ち、「生きがい」「使命」「生きる目的」とかを考えている人、あるいは、そのようにあおられた人には、「崇高」で鮮明な理想を提示し、個人としてどこを目指せばよいのか、社会をどこにリードすればよいのかを明白に提示し、メンバーとなって活動すれば、それが実現可能であることを強調する。 

(『マインドコントロールとは何か』P156)

「目的もなく生きている人は、生きながらに死んでいるのと同じ。人生の目的を求めなければならない」と、毎日のように繰り返し繰り返し聞かされてきた新入生は、親鸞会の示す「人生の目的」である、「絶対の幸福」になりたいと、強く思うようになります。そして、絶対の幸福の身になるには、本当の親鸞聖人の教えを聞かなければならないが、現在の既成真宗教団は堕落して、本当の親鸞聖人のみ教えを説いていない、それを説かれているのは、親鸞会の高森会長ただお一人である、と説明されます。だから、絶対の幸福になるには、高森会長の説法を聴聞しなければならない、と講師部員や先輩たちから言われます。

こうして、新入生は高森会長の法話に参詣するようになり、その高森会長の御心を教えてくれる講師部員や先輩の指導に従って活動しよう、それが人生の目的達成への最短距離であり、死後、地獄に堕ちる一大事(後生の一大事)の、唯一の解決の道なのだ、と認識するのです。

なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロールについて

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 1.親鸞会学友部の活動について
 2.最初の接触
 3.続けて聞くようになるまで
 4.マインドコントロールに気づきにくい理由
 5.勧誘活動における問題点
 6.問題の提示と解決への道
 7.親鸞会の教義を受け入れるまで
 8.自己否定と無条件服従
 9.なぜ批判を受け入れられないのか
 10.情報の管理
 11.感情の管理
 12.行動の管理
 13.最後に

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