なぜ私は親鸞会をやめたのか

1.親鸞会をやめてゆく若者たち

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私たちはこれまで、以下のサイトで「親鸞会はマインドコントロールを行なっているのではないか」と問題提起をしてきました。

続・なぜ私は親鸞会をやめたのか

なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロールについて

それは、親鸞会の活動により苦しい思いをしている人が少なくないからです。世の中には「破壊的カルト」と呼ばれる団体があり、それらの団体が、「洗脳」「マインドコントロール」といった手法を駆使して、信者を獲得しているといったことが問題視されてきましたが、親鸞会も同じように、「マインドコントロールを行っているのではないか」という批判を受けています。

そこで、私たちはこれまでマインドコントロールについて書かれた本を沢山読んできましたが、ある時、『マインドコントロールとは何か』(西田公昭・著)を読み、そこに書かれている破壊的カルトと呼ばれる団体と、親鸞会の活動が非常に似ていることに驚きました。そこで、その様子を詳しく述べたのが、「なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロールについて」です。

ただ、私たちは破壊的カルトと呼ばれる団体と、親鸞会の活動が酷似しているという事実をもって、「親鸞会は破壊的カルトだ」とか、「親鸞会はマインドコントロールを行なっている」ということを断言したいのでもなく、そのようなことを一方的に決め付けたいのではありません。前回のコンテンツで以下のように述べています。

私がこれから述べることは、実際に親鸞会の学友部で行なわれていることです。これらの活動の詳細と、マインドコントロールについて書かれた本に出てくる、「破壊的カルト」と呼ばれる団体の活動内容が、非常に酷似しているのに、私は驚きました。

では、それらのことから、「親鸞会ではマインドコントロールがおこなわれている」とか、「親鸞会は破壊的カルトだ」言えるのでしょうか。私はそのように断言するつもりもありませんし、また、「親鸞会が破壊的カルトだ」とは個人的には思いません。これらのことは、是非、みなさん一人ひとりが、よく考えて頂きたいと思います。そこで、これからマインドコントロールについて書かれている本の内容を引用しながら、私が実際に親鸞会の幹部として経験してきたことと、その類似性について、詳しく述べてみたいと思います。

何度も言いますが、私はこれを読まれた皆さんに、「親鸞会ではマインドコントロールという危険な情報操作が行なわれているから、絶対に近づかないように」などと言いたいのではありません。

「親鸞会ではマインドコントロールが行なわれている」という批判がありますが、実際に、親鸞会でどのような活動が行なわれているのか、また、マインドコントロールとはどのようなものなのか、言葉で言われるほどには、あまり知られていないように思います。

そこで、今回、私が10数年にわたって、実際に親鸞会で経験してきたことと、マインコントロール について書かれた書籍の内容を引用することで、「親鸞会ではマインコントロールが行なわれている のか」ということについて、皆さん一人ひとりが考えるきっかけをつくりたいと思っています。

そして、親鸞会の会員の皆さんや、その周りの方々に、親鸞会の活動や、その存在意義について、今一度、考えて頂けたらと思っています。

(「なぜ私は親鸞会をやめたのか|マインドコントロールについて」)

このコンテンツを公開してから、現役会員、元会員、会員のご家族の方々から、数多くのメールを頂きました。現役会員の方の中には、「親鸞会はマインドコントロールなど、絶対に行なっていない」という意見もありました。私たちは、「親鸞会がマインドコントロールを行っているのか、いないのか」ということに、ただ結論を下したいのではありません。私たちが「親鸞会はマインドコントロールを行っているのではないか」という問題提起をしたのは、親鸞会の活動により、辛く苦しい思いをしてきた人、そして今も苦しい思いをしている人が実際におられるからです。そして、そのような人たちは決して少なくないように思います。

親鸞会をやめてゆく若者たち

親鸞会の中でも、特に学友部(親鸞会の学生組織)は、入会する人の中で退会する人の割合が、非常に高いと思います。学友部では、ここ数年、毎年300名前後の学生が入会しています。しかし、大学4年間で200名近い人がやめ、大学卒業後も退会する人は少なくありません。大学卒業後、5年後には、最初の1〜2割程度になっています。 

そして、親鸞会をやめてゆく人たちの中には、熱心に活動していた人や、幹部と呼ばれる人も少なくありません。そのような学生の中には、「自分は今まで、親鸞会の活動に多大な時間と多額のお金、そして大変な労力を費やしてきたが、なぜこんなことをしてきたのか…」と後悔する人が少なくないように思います。

もちろん、親鸞会に入会し、親鸞会での活動を行なってきたのは、自分自身の選択によるものです。親鸞会で活動することをよしとする判断は自分で行ってきたのですから、自己責任は大きいと思います。しかし、このような親鸞会の活動を縁として、辛く苦しい思いをしている人は、決して5人や10人ではありません。ほぼ、毎年のように多くの人が、目が覚めたように親鸞会を退会し、二度と戻ってきません。私も親鸞会で10年以上幹部として活動してきましたが、そのような人を沢山みてきました。また、親鸞会をやめてから、再び戻ってくるような人は、ほとんどいません。会員の中には、「一度やめても、仏説まことが知らされて、再び親鸞会に戻ってくる人も多い」と言う人もありますが、一度退会した人が再入会することは、極めて珍しいことです。滅多にないことですから、会の中では、その都度、親鸞会の機関紙などで取り上げられ、話題となっていました。ここ10年で、全国で10数名程度で、20名もいないのではないでしょうか。戻ってこない人のほうが、圧倒的に多いのが現実です。

これら、毎年のように増え続ける、親鸞会に入会しては退会する人たちの多くは、「一体自分は今まで何をやってきたのか…」と自責の念にかられ、辛い思いを味わうことになります。誤解のないように言っておきたいのですが、私は「だから親鸞会は今すぐ潰れてしまえ」「親鸞会には入会すべきではない」と言っている訳ではありません。親鸞会に入会し、長年喜びながら会員として地道に求めておられる人も、中にはおられます。それらの人たちにとっては、親鸞会は「救い」だったのでしょう。

しかしその一方で、多くの人が親鸞会に入会してはやめており、その中には「なぜ自分は親鸞会などに入ったのか」と思っている人が少なくないことも事実です。「親鸞会は本当に変わるのか」の一連のコンテンツを公開してきて、多くの人たちからメールを頂きました。その中には、親鸞会に入会し、苦しい思いをしてきた元会員の方や、親鸞会に入会して、活動してきたが、辞めようと思っている現役会員の人たちも沢山おられました。

また、会員だけでなく、会員のご家族の方で、苦しい思いをしている人たちもおられ、実際にお会いして、事情をお話し下さった方々もあります。以下に示すように、「親鸞会被害家族の会」といった団体も存在しており、親鸞会の活動によって、苦しい思いをしている人たちが、少なからずおられるのは、事実なのです。 

浄土真宗親鸞会被害 家族の会

このように、毎年のように親鸞会の活動によって、苦しい思いをする人が出ているのが現実です。これには何らかの原因があるかと思われます。このように、毎年同じような犠牲者が出ることを、何とか防ぐことはできないものかと思います。親鸞会の幹部の人たちとしても、自分たちの活動を縁として、苦しむ人が増え続けることは、決して意図していることではないと思います。

最近、テレビで以下のような番組を見ましたが、この親鸞会の問題と共通する部分があるように感じられてなりませんでした。

NHKスペシャル「子どもの事故は半減できる」

日本では毎年、不慮の事故により、約600人の子どもが亡くなっているそうです。「窒息、誤飲、溺死、転落、転倒」ことが死亡の原因になっています。

誰にでも起きる可能性のあることであり、毎年、同じような事故が起きているにも関わらず、ほとんどは事故が起きた原因を詳しく調査することもなく、「子ども個人が悪い」「親の責任だ」という議論がなされ、親も「自分が悪かったのだ…」と罪悪感をもち、ふさぎ込んでしまいます。

多くの子どもの事故を見てきた、ある小児科医の先生は、「毎年のように同じことが起こっているのに、それを防げないなんて、本当に馬鹿げたことだ」と、過去の事故の調査報告をまとめ、何とか事故を防げないかと、国に協力を打診してきました。当初、国は消極的でしたが、しばらくしてようやく国をあげて、子どもの事故対策の研究が行われるようになりました。

研究に携わるチームの人たちが言っています「親の責任は当たり前ですが、そんなことを言わなくても、親は十分責任を背負い、苦しい思いをしています。その責任を何とか、国や自治体、企業や医療従事者が分担し、少しでも事故を防げたらと思い、活動しています。」と。

親鸞会に出会い、喜ぶ人たちがいる一方で、「親鸞会のことなど思い出したくもない」と思っている人が沢山おられることも事実です。これらの現実を目の当たりにした時、なんとか、親鸞会の活動により、苦しむ人を減らせないものだとうか、と思います。

私は10年以上もの間、親鸞会で幹部として活動し、そしてやめるにいたりましたが、元会員として、自分が長年所属してきた会が、苦しむ人を毎年のように大量生産していることをなんとか食い止めたいと思いますし、また、自分がいた団体には、なんとか少しでも良くなってもらいたいと願っています。

そこで今回は、このような親鸞会の活動により苦しい思いをしている人たちが、毎年数多くあわられる原因は何なのか、親鸞会の活動の何が問題なのかを、述べてみたいと思います。

親鸞会は本当に変わるのか   <<前  次>>

 1.親鸞会をやめてゆく若者たち
 2.親鸞会とマインドコントロール
 3.大学サークルにおける巧みなカモフラージュ
 4.「堂々と公言している」とは本当か?
 5.本当にオープンなサークルか?
 6.おわりに

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